大谷 真史氏|トリニティ・テクノロジー株式会社 取締役COO兼CTO

東京⼤学⼤学院⼯学研究科卒。株式会社FiNC、株式会社BuySell Technologies取締役CTO等を経てその後独立。 上場企業からスタートアップまで幅広く社外CTOや技術顧問として活動。 2021年取締役CTOに就任、2022年からCOO兼任。

トリニティ・テクノロジー株式会社について

── 御社の事業内容を教えて下さい。

弊社は「超高齢社会の課題を解決し、安心の世界を作る」ことを目指しています。超高齢社会によって引き起こされる様々な社会課題を解決するため、いくつもの事業に取り組んでいます。

例えば具体的には、家族信託の『おやとこ』というサービスを提供しています。このサービスでは、「認知症による資産凍結」問題を解決しようとしています。

日本では高齢者の人口が増え、平均寿命も伸びているため、認知症患者の数も増加しています。認知症患者数は2025年で約700万人、2050年には1000万人に達すると言われています。つまり、将来的には人口の10人に1人が認知症になるリスクがあると推計されているのです。

認知症になり、完全に判断能力を失ってしまうと、銀行からお金を引き出すことや、自宅などの不動産を売ることなどができなくなります。これを「認知症による資産凍結」といいます。この資産凍結問題に対処するため、最近注目されているのが家族信託という法的制度です。

この家族信託を普及させるために、私たちは「家族信託のおやとこ」というサービスを提供しています。

大谷さんのキャリア

──  昔はどんな子供(小学校〜高校)でしたか。

うちの親がですね、大阪で一番厳しい親なんですよ。私は大阪出身なんですけど、大阪って厳しい親が多いんですが、その中でも一番厳しい親でして。勉強とスポーツをハイレベルで両立させるというのが教育方針でした。

例えば私の一番古い記憶はプールで溺れている記憶なんですよ。0歳児の頃からプールに通わされて、プールに投げ込まれていました。それに小学校くらいからは毎朝5km走るというのも日課に追加されました。なので、小中学生の頃は勉強とスポーツを必死で両立していました。特に水泳を頑張っていたのですが、水泳は競技人口も多く、かなり厳しい世界なので、何とか大阪で学年で一番になれましたが、全国では20位にも届かないくらいでした。これはなかなか将来がないなと自分でも感じていて、高校受験の前に水泳はやめました。

高校は高専に入学しました。高専に入って時間ができたので、またスポーツをやりたいなと思っていたんですが、一度挫折した水泳を再び本気でやる気にはなれず。そこで、小学校の時に陸上のクロスカントリーで全国大会に出た経験を思い出し、安直な考えですが水泳と陸上を掛け合わせれば何とかなるかもしれないと思い、トライアスロンを始めました。

トライアスロンでは成長することができ、20歳でアジア3位になることができました。本当はオリンピックを目指したかったのですが、自己管理が甘く怪我でやめてしまいましたね。

学業の方は高専でのびのびとさせていただき、専攻科という大卒の22歳まで居させていただけるコースに進み、その後に大学院に進学しました。

── 東京大学大学院にて人工物工学の研究やスウェーデンへの研究留学などを経験されておりますが当時についてのお話をお聞かせください。

院試で東大と東工大を受けました。東工大の研究室では当時やりたかった交通シミュレーションができるのと、東工大の学費のままで1年間フランス留学に行けるということで、東工大に行く気でした。両方に合格した後に親に相談したら「知名度があるから東大に行きなさい。東大なら学費を貸してあげる」と。結果的に東大に進むことになりました。

私はスポーツをやっていたので、何かスポーツと掛け合わせた研究がないかと探した結果、東大の人工物工学系でゴルフの研究をしている研究室を見つけ、入れていただきました。そこではゴルフクラブの最適な提案という、少し変わった研究をしていました。

ゴルフではクラブ選びが非常に重要で、クラブによってパフォーマンスが大きく変わってしまいます。ただし世の中には何万通りものゴルフクラブがあり、自分に最適なクラブを選ぶのは簡単ではありません。このマッチングを数学の力で解決しようとする研究を行っていました。具体的には、3回クラブを振ると、その人に最適なクラブを提案するというシステムを開発しました。この研究がうまくいき、人工物工学系の修論発表で最優秀賞をいただきました。

研究の過程ではスウェーデン王立工科大学(KTH)にも留学させていただくなど、文字通り研究漬けの大学院生活を楽しんでいました。

── 東京大学大学院工学研究科修了後~FiNC社(現FiNC Technologies社)に入社するまでの経緯を教えてください。

就活はあまりちゃんとできておらず、大学院を卒業する1ヶ月前くらいにたまたまWantedlyで見つけたのがFiNCでした。当時在籍していたエンジニアの皆さんは、ほぼ全員が東大出身の20代前半の方々ということで、勝手ながら親近感を覚えて面接を受けに伺いました。ありがたいことにその面接の場で「明日からうちでインターンをしないか」と仰っていただき、その後正社員として雇っていただきました。

当時FiNCは大きく成長していて、いろんな機会をいただけるようになりました。ECサイトをゼロから作ったり、認証システムの構築に携わったり、新卒1年目なのに自チームに海外の優秀なエンジニアを入れていただいたりと・・・開発のいろはを教えていただきました。

その後転職し、BuySell Technologies社など複数企業でCTOとして活動しました。

──  その後、独立し、ベンチャーから大手まで幅広い企業に社外CTOや技術顧問として活動されていますが独立した経緯や実際の取り組みを教えてください。

独立後、いろいろな会社の社長様とお会いする中でよく言われたのが、「CTOを採用できるまでの繋ぎでいいので、エンジニア組織の立ち上げ/再構築をパートタイムで手伝ってくれないか」といったものでした。

もしかしたら今も変わってないのかもしれないのですが、特に当時はCTO人材が足りていなかったようです。

こうしたお話しがあまりにもたくさんあったので、一度それを本業にしてみようと思い、社外CTOやコンサルの仕事に取り組みました。

──  その後、トリニティ・テクノロジー株式会社に入社するまでの経緯を教えて下さい。

代表の磨(みがき)からSNSでコンタクトをいただいたのがきっかけです。

私は受託やコンサルばかりをやるのではなく、自分でスタートアップをゼロから立ち上げたかったのですが、恥ずかしながらどうしても自分の人生を数十年スパンでベットできる事業領域を自力で見つけ出すことが出来ませんでした。

いろいろな会社の炎上プロジェクトの火消しや組織立ち上げなどに携わり、会社を上手く回す事ができるようになっていった一方で、自分自身のビジョンというか、胸を張って誇れるアイデンティがなくなってしまったのかもしれません。恥ずかしい限りです。

そんな中でのビジョンの塊のような磨と出会い、いつの間にか磨のビジョンが私のビジョンに伝搬し、今日に至っています。

トリニティ・テクノロジー株式会社 入社

── 入社後、どのようなことに取り組みましたか。また苦労したことや良かったことなどあれば教えてください。

最初はエンジニアは私一人で、全体の社員数も20人ほどでした。元々は司法書士事務所だったので、エンジニアという人種は当然他に誰もおらず、まるで異世界転生のような状態でした。

非IT系の会社でプロダクト開発を始めることは非常に難しいと思います。プロダクト開発は先行投資が必要な上に、リカーリングで収益を上げていくことが一般的なため、非IT系のビジネスモデルからの転換に耐えられる経営者は多くないのかもしれません。

── 具体的に何かこれがあったから打ち解けたとか、うまく進んだということがあれば、言語化できる範囲で教えていただけますか?

そうですね、例えば、エンジニア用語だけで話すと、相手が無理にでも合わせてくれるか、逆に壁ができてしまうかのどちらかになります。

ですので、常に主語はサービスやお客さんにするよう心がけました。

── 現在の大谷さんの業務内容を教えて下さい

現在はCOO兼CTOを務めています。

COOの役割は会社によって異なりますが、基本的にはChief Other Officerとして社長や他の役員陣が苦手なこと、やらないことを補完する役割を担っています。

具体的には、マーケティング・リクルーティング・プロダクト開発・CSなどを担当しています。マーケティングが業務全体の6割、リクルーティングが2割、プロダクト関連が2割といった割合でしょうか。

例えば今日は午前にプルリクのレビューとリリース作業をして、午後はテレビCMのクリエイティブについて代理店とディスカッションをしていました。

── トリニティ・テクノロジーの事業の魅力をお聞かせください。

そうですね、エンジニア視点で見ると、プロダクトは大きく3つに分けられるのかもしれません。ピュアプロダクトで収益を上げるモデル、プロダクトとオペレーションが交わるモデル、サービス自体にコアがありそれをプロダクトで昇華させるモデルの3つです。

弊社は最後のモデルに該当します。このモデルはサービスのコアが確立されていればビジネスとしての確度が高く、さらにプロダクトでスケールさせることで持続可能な成長が可能になると考えています。

私がこのモデルを魅力的だと感じるのは、プロダクト単体での収益モデルに比べてリスクが低く、かつ参入障壁を築きやすい点です。ビジネスのコアを強化しつつ、それをスケールさせるためのプロダクトを提供することはなかなかできません。

これが私が感じる弊社の最大の魅力です。ピュアプロダクトモデルに対しても、もちろん尊敬と憧れを持っていますよ。

現在のエンジニア組織について

── 現時点の組織体制や人数を教えて下さい。

開発組織は10名未満の規模で運営しています。特徴的なのは、全員がリファラルで採用されている点でしょうか。これまでに一緒に働いてきたメンバーに、「こういうことをやっているんだ」という話をしたところ、興味を持っていただく方が多く、ジョインをしていただけました。

── 現在の開発組織は、どのようなことに取り組んでおりますか。

そうですね、基本的にはアプリケーション開発が中心です。web系のプロジェクトとネイティブアプリのプロジェクトがあり、複数のプロダクトを運用しています。Ruby on Railsがメインのフレームワークとして使用されています。

最近ではTurbo Nativeの採用をしました。これによりRailsを主としてネイティブアプリを作れるようになっています。つまり、Webサービスのバックエンド部分を担当するチームが、そのままネイティブアプリの開発も手掛けられるようになったということです。

これにより、チーム構成をより効率的にし、開発プロセスをスムーズに進めることができるようになりました。現在の開発組織は少人数ながらも、枯れた技術と新しい技術を使い分けながら効率的に複数のプロジェクトを進められています。

── 現在の組織の良い点(特徴や魅力的なところ)と課題点(ここを改善すればもっと良くなるなど)がありますか。

私たちのチームは、日本語を話すメンバーと英語を話すメンバーが半々です。最初はチームを二つに分けて、それぞれの言語でプロジェクトを進めていましたが、3年もすると飽きが来てしまいます。

そこで直近では、これらのチームを統合し、言語の壁を超えてお互いにコミュニケーションを取るなどの変化をつけようとしています。例えば、日本語で話すメンバーが英語で話すメンバーに話しかけたり、その逆も行います。

短期的には生産性が落ちるかもしれませんが、小規模チームですので基本的にメンバーとは長く仕事をしたいと考えており、10年スパンでチームを考えています。

今後の目標

短期的な分かりやすいマイルストーンとしては、やはり上場でしょうか。シリーズBラウンドが終わり、累計で26億円ほど調達させていただきました。

私たちのサービスは、高齢社会においてなくてはならないサービスになりうるポテンシャルがあると自負しています。したがって創業時から上場は常に意識してきました。短期的には、まずはこれをしっかりと実現し、ガバナンスが効いたパブリックカンパニーを目指しています。

しかし、これはあくまで短期的な目標であり、本当にやりたいことは、私たちが掲げているミッションの実現です。

私たちのミッションは、高齢社会の中で困っている多くの人々を支援し、社会課題を解決していくことです。この実現を真剣に考え、追い求めていくことが目標です。

エンジニアでいうと圧倒的に『7:デリバラー』が合いますね。反対に『8:セージ』は合わないと思います。

── 最後にどのような人と一緒に働きたいか教えてください。

私たちが一緒に働きたいと考えているのは、ミッションに共感してくれる人です。現在、私たちの会社では4つのサービスを展開しており、ポジションも多岐にわたります。そのため、純粋に同じ方向を向いている人であれば、何かしらのオファーができると考えています。

現時点での温度差が多少あっても、少しでも「このミッションは良いな」と思ってもらえる人と一緒に働ければ幸せです。