副業からフルコミット、そして事業ピボット。
Cuvalでは、株式会社カウシェ CTO・池松恭平氏に、どベンチャーの最前線での意思決定を聞いた。
池松 恭平 氏|株式会社カウシェ 執行役員CTO
東京工業大学大学院修了後、DeNAに入社。EC、SNS、ヘルスケアなど複数事業の開発に携わる。2020年より副業としてカウシェに参画し、2021年に正式入社。プロダクト開発、組織立ち上げを主導し、事業ピボット期を技術面・組織面の両軸から支える。2025年にCTO就任。現在は技術戦略、採用、開発生産性向上を軸に、「発見型EC」という新しい買い物体験の実現に取り組んでいる。
株式会社カウシェ

事業内容について──「発見型EC」という新しい買い物体験
── 御社の事業内容から伺ってもよろしいでしょうか。
はい。カウシェはEC領域のスタートアップですが、一般的なECとは少し異なり、「発見型EC」という体験を提供しています。
一般的なECは、検索して「欲しいもの」を探して買う行動が中心です。一方でカウシェでは、アプリ内をウィンドウショッピングのように探索する中で、「実は必要だったもの」や「思いがけず良さそうだと感じたもの」に出会い、そのまま購入してしまう。
そうした体験を重視しています。そのために、ソーシャル要素やゲーミフィケーション、レコメンデーションを組み合わせ、「発見」を軸にしたEC体験を設計しています。
IT業界ではECは日常的ですが、日本全体で見ると、オンラインが日常の買い物の第一選択になっている人はまだ多くありません。中国やアメリカでは「ディスカバリーコマース」と呼ばれる形が広がっていますが、日本でもその流れを、ソーシャルやレコメンド、ゲーミフィケーションと掛け合わせながら作っていきたい。そこに挑戦しているのがカウシェです。
── ユーザー層としては、どのような方が多いのでしょうか。
主に、30代〜50代の女性の方が多いですね。特に、お子さんのいるお母さん世代の方々が積極的に使ってくださっています。
たとえば、アプリ内で野菜を育てる体験があるのですが、続けるうちに愛着が湧いて、自然とファンになってくださる方も多いです。
ご家族や職場の同僚、友人と一緒に楽しむなど、複数人で体験を共有してくださるケースもあって、「最近これを買ったよ」「野菜が今こんな状態になってる」といった話題が日常会話に出てくる。そうしたコミュニケーションも含めて楽しんでいただいている印象があります。
キャリアの原点──「つくること」への純粋な楽しさ

── あらためてキャリアについて伺いたいのですが、まず幼少期はどのようなお子さんだったのでしょうか。います。
小さい頃から工作が好きでした。紙とセロハンテープで何かを作るような簡単なものですが、3〜5歳くらいからずっと続いていたと思います。
小学校に入ってからも木工作の授業が大好きで、木を切って組み合わせて何かを作るのが楽しかった。「将来は大工になりたい」と思っていた時期もあり、自然と“ものを作る職人”のような方向に惹かれていたんだと思います。
── ご家庭の教育方針や環境の影響はあったのでしょうか。
特別な方針があったわけではありません。ただ、作ったものを見せると周りの人が喜んでくれたり驚いてくれたりして。その反応が嬉しくて、「作ること自体が楽しい」という感覚が、どんどん強くなっていきました。
中学・高校時代──オンラインゲームからWeb制作へ
── 情報やパソコンに意識が向き始めたきっかけは何だったのでしょうか。
中学時代はPCのオンラインゲームにかなりハマっていて、「ゲームってどうやって作られているんだろう」と思って調べていた時期があります。
C言語などを触ってみたのですが、当時の自分には何の役に立つのかがよくわからない、という状態でした。受験も重なり、そのときはいったん距離を置きました。
高校に入ってからは飲食店でアルバイトをしていて、「もっと時間あたりの稼ぎを良くしたい」と考えるようになりました。そこで友人にアフィリエイトの本を紹介してもらい、HTMLを書いて、サーバーを契約して、実際にサイトを作ってみたんです。これが、ものすごく面白かったです。
── どの点に面白さを感じたのでしょうか。
HTMLタグを少し変えるだけで画面の見え方が変わる。その仕組みが理解できた瞬間がすごく楽しかったです。
「なるほど、こうなっているからこう見えるんだ」と腑に落ちて、そこで初めて計算機を使ってものを作る楽しさが分かりました。自分にとって一番大きな原体験ですね。
情報工学への進学──「ものづくり」の延長として
── 大学では情報工学の道に進まれていますね。
小さい頃から「何かを作る仕事に就きたい」という気持ちはありましたが、その中身はまだはっきりしていませんでした。
ただ、高校でWeb制作を経験して「これは面白いな」と感じて、一旦この方向で進んでみようと思いました。
── 大学時代はどのように過ごされていたのでしょうか。
アルバイトは、Web制作やサービス運営の延長線上にあるものが中心でした。静的ページの修正や既存サービスの軽微な改修が多く、今振り返ると保守運用やQAに近い仕事だったと思います。勉強はきちんとやりつつ、「効率よく、楽しく」、そして自分の興味のある分野に絡めることを大事にしていました。
大学院進学と「危機感」からの転換
── 大学院に進学された理由を教えてください。
大学院に進学した理由は、「気づいたら進んでいた」という感覚に近いです。
ただ、学部4年生の研究では、あまり成果を出せず、自分の甘さを痛感しました。その反省から、大学院では「国際学会に論文を出す」という目標を立て、教授に相談しながら論文を読み、実装と検証を地道に積み重ねました。
結果として国際学会や国内論文誌に論文を掲載でき、「きちんと向き合えば、成果は出せる」と実感できた経験になりました。
DeNA入社の決断──「生活に直接価値を届ける」ものづくりへ
── 大学院修了後、DeNAに入社されていますが、どのような理由で選ばれたのでしょうか。
当時は、「エンジニア35歳定年説」といった話もあり、最初はSI系など、Web以外の企業も含めてインターンを見ていたんです。
ただ、Webに近い会社でインターンをしたときに、「やっぱりこっちのほうが明らかに楽しい」と感じました。そこからWeb系の会社を見るようになりました。当時はソーシャルゲーム全盛期で、DeNAやGREEが代表的な存在でしたが、話を聞く中で、どの会社もソーシャルゲーム以外の新しい柱を作ろうとしていることを知りました。
その中でもDeNAは、コミュニケーション系サービスやヘルスケアなど、「人の生活に直接役に立つもの」を本気で作ろうとしている印象がありました。自分がやりたい方向性と一番フィットしそうだと感じたのが、DeNAだったと思います。
── 実際に入社されてみて、いかがでしたか。
とても楽しかったです。様々な事業があって選択肢の幅が広いDeNAはすごく良い環境でした。
最初はEC系のサービスに携わり、その後はシニア向けSNSのフルリプレイスやヘルスケア事業部など、さまざまな領域を経験しました。「いつかはスタートアップに行きたいな」と思いながら働いていましたが、気づけば6〜7年、結果的には8年弱在籍していました。それだけ挑戦できる機会が多かった、ということだと思います。
副業という形での第一歩──コロナ禍とキャリアの転機
── その後、DeNAに在籍しながら副業を始められていますよね。
はい。ちょうどコロナが始まった2020年頃からです。DeNAでは引き続きヘルスケア領域の仕事をしながら、カウシェを含めていくつかの企業で副業を始めました。
── その中でも、カウシェに関わることになったきっかけは何だったのでしょうか。
声をかけてもらったのがきっかけですね。当時のカウシェは、「一緒に買うと安くなる」という共同購入型の体験を提供していて、プロダクトをリリースする直前の段階でした。「これを作っているから手伝ってほしい」と言われて、実際に触ってみたんです。
そのとき、ECに対する自分の前提が少し揺さぶられました。僕はそれまで、ECは「どれだけ便利に買えるか」がすべてだと思っていました。でもカウシェの体験には、利便性だけでは説明できない、不思議な感覚があったんです。「便利さ以外の余白が、まだあるんじゃないか」と感じました。
EC市場自体は巨大で、強いプレイヤーも多いですが、この感覚はまだ十分に挑戦されていない領域かもしれない。そう考えて、「これは面白そうだな」と感じ、副業として関わることにしました。

副業から正社員へ──「怖さ」を超えてどベンチャーへ
── そして2021年5月に、正式にカウシェへ入社されています。副業から正社員になるまでの経緯を教えてください。
正直、最初は正社員として入るつもりはありませんでした。あくまで副業のつもりだったんです。ただ、関わる時間が増えるにつれて、「そういえば、自分はこういうどベンチャーフェーズのスタートアップに行きたいと思っていたんだよな」という気持ちが、だんだん強くなっていきました。
一方で、DeNAには8年近く在籍していて、そこから出ることには大きな怖さもありました。ただ、この怖さは時間が経つほど大きくなるとも感じていて。それなら後回しにせず、「一度出る」と決めて、行き先として一番どベンチャーフェーズに近いスタートアップはどこか、という視点で考えました。その結果、選んだのがカウシェでした。
── 当時の体制はどのような状況だったのでしょうか。
副業で関わり始めた頃は、正社員はほぼいませんでした。セールスの方が1名いるくらい。僕が正社員として入社したのとほぼ同じタイミングでもう1名エンジニアが入った、という状態でした。
正社員フルコミット後の変化──役割が自然に広がっていく
── 正社員としてフルコミットしてから、どのような変化がありましたか。
一番大きかったのは、「使える時間がすべてカウシェに向く」ことですね。副業のときは、どうしても開発中心の関わりになりますが、正社員になってからは事業全体に自然と関わるようになりました。方向性や体験を考えたり、進め方を決めたり、領域が広がっていった感覚です。
最初はEC領域の機能開発から入り、「みんなの投稿」機能の前身となるようなタイムラインの開発を進めました。その後、事業者向けの管理画面の立ち上げにも取り組みました。当時は管理画面がなく、裏側の運用で回していたのですが、事業を伸ばすうえで、ここが明確なボトルネックだと見えてきたんです。
この管理画面は、正社員がほぼ僕一人で、PdMやデザイナー、エンジニアは副業中心という体制で、立ち上げからリリースまでを担当しました。その流れで、PdM的な役割や、エンジニアリングマネージャー的な役割も担うようになっていきました。
役割の変化──「専門性」よりも「会社を伸ばすために」
── エンジニアからEM、PdMへと役割が広がっていった、という理解で合っていますか。
そうですね。入社当初は、もっとバックエンドの専門性を深めたいという気持ちがありました。ただ、どベンチャーフェーズのスタートアップでは、そのこだわりを持ち続ける意味はあまりない、と考えるようになりました。
会社を伸ばすために必要なことがあったら、あまりこだわらずにそれをどんどんやっていった方が良いな、という感覚です。そうしてやっていく中で後から役割に名前もついてきた、という流れでした。
ピボット期のリアル──崖っぷちでの意思決定
── 入社後しばらくして、事業のピボットを経験されていますが、その時期はどのような状況だったのでしょうか。
気持ちは、かなり複雑でしたね。どベンチャーフェーズのスタートアップに来て、「いい景色も、最悪な景色も両方見たい」と思っていたので、ピボットが決まったときは、「本当にこういうことが起こるんだな」と感じました。
一方で、「これを乗り越えられたらすごい経験になるかもしれない」という感覚も、確かにありました。ただ、現実は決してきれいな話ではなかったです。成功するかどうかは誰にも分からないし、確信を持っている人がいるわけでもない。
半年から1年で、事業の数字をどうにかしなければならない。何を作れば伸ばせるかだけでなく、削れるコストは徹底的に削る。数値管理も、1円単位でシビアになりました。少し調子がいいときなら流せることも、ピボット期は常に崖っぷち。ずっと、目の前に壁が立ちはだかっている感覚でした。
── 入社直後よりも、ピボット期のほうが大変だったと。
圧倒的にそうですね。入社直後の大変さは、今振り返ると、苦労のうちに入らないくらいでした。本当にしんどかったのは、ピボット後です。
「最悪」を越えた先に見えた、再グロースの兆し
── その中で、前向きな変化を感じた瞬間はありましたか。
苦しい状況を経て、今は奇跡的に再グロースの芽が見えてきている感覚があります。その体験のインパクトが強すぎて、ピボット前の出来事は、今の景色にかき消されているような感覚ですね。
現在は資金調達もでき、事業も序盤は一定順調に進んでいます。その意味では、良い時期でもあります。ただ、良かったことも悪かったことも、僕の中ではピボット後のほうが圧倒的に大きいです。
執行役員就任──「ここから何かをやらないと終わる」
── 2023年10月に執行役員に就任されています。その背景を教えてください。
執行役員になったのは、ピボット時の体制刷新の一環でした。既存事業を止め、新しい体制で進むと決める中で、「どういう布陣がいいか」をCEO中心に話し合って決めた、という流れです。
なので、執行役員になったこと自体よりも、「ここから何かをやらないと、本当に終わる」という感覚のほうが強かったですね。不安と、「うまくいけば大きな価値を生み出せるし、絶対に意味のある経験になる」という気持ちが入り混じっていました。
役職が変わったことで、責任の重さは一段上がりましたが、それよりも、「逃げ場がなくなった」感覚のほうが近かったと思います。
CTO就任──役割が言語化された瞬間
── そして2025年4月にCTOに就任されています。
CTOという肩書きがついたことで、やっていること自体が大きく変わった、という感覚はありません。ただ、それまで曖昧だった役割が、言語化された、という感覚はあります。
それまでも、技術的な意思決定や組織づくり、採用、開発生産性の向上などは見ていました。ただ、ピボットを経て会社が再び前に進み始めたタイミングで、「技術と組織をどう前に進めていくのか」を明確に任せてもらう形になりました。
個人的には、「ようやくここまで来た」というよりも、「ここからが本番」という気持ちのほうが強いです。ピボットを越えた今だからこそ、ようやく、腰を据えて組織とプロダクトを積み上げていけるフェーズに入った。その入口に立った、という感覚ですね。
CTOとしての現在地──技術と組織を前に進める
── 現在はCTOとして、どのような役割に最も時間を使っていますか。
大きく言うと、「技術領域をどう前に進めていくか」に集中しています。分解すると、考えていることは主に二つです。
一つは、ヘッドカウント、つまり採用。もう一つは、今いる組織の開発出力をどう高めるか、プロダクトの成功確度や開発効率をどう上げていくか、という点です。今のカウシェは、この両方が同時に重要なフェーズにあります。
時間配分でいうと、体感では7割くらいは組織づくりや採用に使っています。残りの時間で、どんな技術的プラクティスやカルチャーを作れば、開発が前に進みやすくなるのかを考え、現場に落としていく。技術方針を描き、それを機能させる役割、というイメージですね。
小さなチームで、大きな成果を出すために
── 開発組織として、今後どのような形を目指していますか。
今は、PdM込みで5〜7人の小さなチームを複数回していますが、将来的には、より小さなチームで大きな成果を出せる状態を作りたいと考えています。
事業が伸びれば伸びるほど、エンジニアとして解くべき面白い課題は、むしろ増えていきます。インパクトを実感できて楽しいから、次の難しい課題に挑戦したくなる。その結果、エンジニアとしてさらに成長できる。この循環を、できるだけ速く回していきたいですね。
AI活用のスタンス──「全員が使う」を前提に
── AI活用については、どのように考えていますか。
責任者としては僕が見ていますが、基本的なスタンスは「全員がデフォルトで使う」ことです。使い方の探索は、トップダウンというより、ボトムアップで自然に広がっています。
ただ、強く感じているのは、AIを活かすには、従来のソフトウェアエンジニアリングが極めて重要だということです。CI/CDによるビルドやデプロイの高速化、適切なテストやレビュー、チーム内のコミュニケーション、そしてオブザーバビリティ。
こうした基礎が整っていないと、AIを入れても本当の意味でのスピードや品質は出ません。ベーシックな部分を徹底したうえで、日々の開発にAIを組み合わせる。その掛け算で、良い状態を作っていきたいと思っています。
ユーザーと直接向き合う理由
── ユーザーとの距離感について、意識されていることはありますか。
今は定期的に座談会のような場を設けて、近くに住んでいるユーザーさんに来ていただき、直接お話しする機会を作っています。1〜2ヶ月に1回くらいですね。
希望者ですが、開発メンバーも参加することがありますし、オンラインでエンジニアが直接インタビューを行うこともあります。
toCプロダクトの価値って、簡単に言語化できないことが多いと思っています。「これが課題です」と一言で言えない楽しさや習慣がある。実際に会って話すと、「こういう楽しみ方をしてくれている人が、こんなにもいるんだ」という気づきがたくさんある。だからこそ、ユーザーと直接向き合うことは、とても大事だと感じています。

今後の目標──「当たり前」に使われるプロダクトへ
── 最後に、今後の目標について教えてください。
最近は、使ってくださる方が少しずつ増えてきて、地元に帰ったときに「友達が使っていた」という場面に出会うことも出てきました。ただ、まだ目指す姿には遠いと思っています。
カウシェを日常的に使い、それを友達や家族と一緒に楽しんでいる。そんな状態を、もっと当たり前のものにしていきたい。それが、会社として一番大きな目標です。
開発組織としては、エンジニアが事業インパクトを強く実感できる環境を、意図して作り続けたい。事業の成長と、エンジニアの成長が、自然に結びついている状態ですね。
── 最後に、どのような方と一緒に働きたいか伺えますか。
ハードスキルの面では、ソフトウェアエンジニアリングの能力をすでに高いレベルで持っている方、もしくは本気でそこを目指したい方であれば、どちらでも歓迎です。
AIが進化しても、ソフトウェアは人類が作った中でも、異常に巨大で複雑な存在です。その複雑さに秩序をもたらすために、エンジニアリングの思考や経験は、これからも重要であり続けると思っています。ソフトスキルの面では、「変化を愛す」「追い風を起こす」「成果でつなぐ」というカウシェの価値観に共感できるかどうかを大切にしています。
よく分からない状況でも「一緒にやってみよう」と言えて、最後まで成果につなげる覚悟を持てる方と、ぜひ一緒に働きたいですね。



