インフラの老朽化と担い手不足が進む建設・レンタル業界で、SORABITOは「機械」を起点に、保有者と利用者をつなぐプロダクトを展開している。COOの角谷峻平氏が重視するのは、プロダクトと事業、開発とビジネスを切り離さないこと。
本インタビューでは、社会インフラを支える事業の現在地から、PdMとエンジニアが健全に議論できる組織設計、そして意思決定の軸にある思想までをひもとく。
角谷 峻平氏|SORABITO株式会社 COO
新卒でワークスアプリケーションズに入社し、エンジニアとして基幹業務領域のプロダクト開発に従事。
リクルートでは住まい領域にて、新規事業や業務改善プロダクトの立ち上げを経験。
その後SORABITOに参画し、PdM組織の立ち上げや点検領域プロダクトの事業化を推進。事業責任者を歴任する。
2024年11月よりCOOに就任。レンタル・建設・SMB/toCを含む全事業の推進を担う。
SORABITO株式会社

社会インフラを支えるための事業と、その広がり
── 御社の事業内容から伺ってもよろしいでしょうか。
我々のミッションは「世界中の明日をつくる」というところに置いています。レンタル会社や建設業向けにさまざまなプロダクトや仕組みをつくってきましたが、一過性の流行りのサービスを生み出したいというよりも、正しく、そして持続的に使われ続ける仕組みをつくりたい。その考え方そのものが、このミッションに込めている想いです。
ビジョンについては2024年11月に刷新し、「はたらく機会のエコシステムを共創する」という言葉を掲げました。建設業界や日本のインフラ全体を見渡すと、インフラの老朽化が進む一方で、建設業界で働く人は年々減り続けています。この状況の中で、機械工事を担う側の生産性を高めていかなければ、業界として立ち行かなくなるという強い危機感があります。
実際、建設現場で使われている機械の約7割はレンタル会社から借りたもので、自社保有は3割を切るのが実情です。一方でレンタル会社側にも、単価が上がらない、売却価格が伸びない、修理費を請求しづらいといった構造的な課題があります。そこで我々は、機械を保有する側と使う側の業務改善を分断せず、つながった世界として同時に進めることで、日本のインフラそのものを持続可能にしていこうとしています。
── 具体的には、どのような事業を展開されているのでしょうか?
まず、レンタル会社向けには「i-Rental」シリーズを提供しています。これまで電話やFAXが当たり前だった注文業務を「i-Rental注文」でECのようにオンラインで完結できる形にし、「i-Rental点検」では、機械の点検業務のデジタル化を進めてきました。一方、建設会社向けには「GENBAx点検」というサービスを提供しています。建設機械の点検は、施工遅延や事故につながるリスクが高いにもかかわらず、長らく紙や写真貼り付けといった非効率な運用が続いてきました。レンタル、建設ともにですが、法定点検が義務付けられているにもかかわらず、管理が追いついていないケースも少なくありません。
そこで我々は、レンタル会社と建設現場を分断せず、注文から点検までを一体で捉えたプロダクト設計を行っています。現在は、先ほどお話ししたレンタル会社向けの「i-Rental」シリーズ・建設会社向けの「GENBAx点検」を展開しています。
── 最近始められた新しい取り組みについても教えてください。
2025年から始めたのが「カリモ」というサービスです。レンタル業界では、機械の稼働率が3〜4割程度にとどまっており、本当はもっと稼働させたいというのがレンタル会社側の本音です。そこで、建設業界だけでなく、一般の方やSMBにも機械を借りてもらえれば、稼働率を高められるのではないかという仮説のもとで、この取り組みを始めました。
現在はカインズさんと連携し、一般の方がレンタル機械を借りられる形での展開や、ガソリンスタンドにトラックを設置し、農家さんや一般の方も利用できる形での実証実験などを進めています。普段は不要でも、収穫期や引っ越しといった一時的なタイミングで、機械やトラックが必要になるニーズは確実に存在します。そうしたニーズに応える、一般・SMB向けのレンタルサービスとして展開しているのが「カリモ」です。
結果として我々は、建設レンタルを起点に、SMBや一般、農家といった領域まで事業を広げようとしています。機械をど真ん中に据え、利用者と保有者をつなぎ、業界全体の生産性を底上げしていく。そんな会社だと捉えていただければと思います。
キャリアの原点|幼少期から学生時代まで

── 幼少期から学生時代にかけて、どのように過ごされていましたか?
幼稚園の頃からずっとサッカーをしていました。幼稚園、小学校、中学校まではいわゆるガチガチでやっていて、高校についても推薦で進学する選択肢はあったのですが、最終的には一般受験で進学しています。
今振り返って原体験に一番近いのは中学時代ですね。中学3年生のとき、大阪府大会でベスト16くらいまで進んだチームでキャプテンを務めていました。そのとき、自分がプレーヤーとして活躍すること以上に、チームをどうつくるか、どうまとめるかという部分に面白さを感じたんです。
その経験から、高校にはサッカー一本で推薦進学するより、公立高校に進んで自分でチームビルディングをしてみたら面白いんじゃないか、と考えるようになりました。それにより将来の選択肢も広がるだろうという感覚もあり、この判断は今につながる大きな原体験だったと思っています。
── 高校時代はいかがでしたか?
正直に言うと、高校時代はあまりうまくいかなかったですね。サッカー部には入ったものの指導者を含め、人として大事にしている価値観の部分が合わなかった。今思えば、完全に黒歴史です。
── そこから大学へ進まれたわけですね。
はい。大学は関西大学の外国語学部に進学しました。高校の途中から一度環境をガラッと変えたいという思いが強かったんです。
最初は東京の大学も考えていて、MARCH系も見ていました。ただ、東京で4年間過ごすなら、1年留学した方がいいんじゃないかと思うようになって。外国語学部は2年次に全員留学が必須で、入学した時点で留学が確定する。それがとても魅力的に感じて、進学を決めました。
── 学部の中でも、言語選択がありますよね。
そうですね。入学すると、第一言語を英語にするか中国語にするかという大きな選択がありました。英語は日本にいても学べる環境が整っている一方で、中国語は当時そこまで整っていなかった。それなら、大学2年までに留学で中国語をしっかり身につけて、3・4年で英語も並行してやるのが一番いいんじゃないかと思ったんです。
それに加えて、全員ゼロからの「よーいドン」なら負ける気がしない、という謎の自信もありました。ただ実際に入ってみると、新設学部の立ち上げタイミングで、中国語学科には指定校推薦の学生が多くて。「帰国子女ですか?」とか、「いや、それ中国人やん」というレベルの人たちがたくさんいた。思っていたほど、よーいドンではなかったですね(笑)。
── それでも中国語はかなり習得されたんですよね。
そうですね。学祭の実行委員をやりながら大学生活を送りつつ、留学にも行きました。留学中は、中国語での日常会話に困らないくらいには話せるようになっていました。
HSKという中国政府が出している中国語能力検定があるのですが、その最上位である6級を、大学3年で帰国してから比較的すぐに取得できました。当時は、人生の中で一番中国語を喋れていた時期だったと思います。
── 今でも中国語は使われていますか?
いや、もうほとんど使っていないですね。喋らなくなってから15年くらい経つので、今は旅行で困らない程度です。ビジネスで使うとなると、正直かなり厳しいです。
── 学生時代に、エンジニアリングやインターンの経験はありましたか?
エンジニアリングはまったくやっていませんでした。インターンでいうと、ワークスアプリケーションズが当時、大規模な選考型インターンを実施していて、1〜2週間ほど缶詰になって課題に取り組む、というものでした。報酬もそれなりに出て、1年間いつでも入社できる権利がもらえる制度でしたね。
参加はしましたが、いわゆる実務インターンというよりは、完全に選考の一環という位置づけでした。
新卒でワークスアプリケーションズを選んだ理由
── 新卒でワークスアプリケーションズに入社された背景を教えてください。
最初は、語学を活かせるという観点で商社系を中心に受けていました。少し変わったところだと某大手ディスカウントストアも受けていて、当時は「中国出店を本気でやる」というフェーズで、中国向けの幹部候補を探していたんです。かなり面白そうだなと思いました。
実際に五次面接くらいまで進んで本社にも行ったのですが、その場で突然「中国にルーツがある人しか基本的に採用しない」と言われて。いや、それ最初に言ってよ、と思いました(笑)。日本のブロック長候補に転換しないか、という話も出たんですが、さすがに違うなと感じて、そこで気持ちが完全に切れました。
一方で、人材系の会社からはすでに内定をもらっていて、当初はそこに行こうかなとも思っていました。ワークスアプリケーションズについては、「1年間いつでも入社できる権利」を持っていただけで、感覚としては第二のカード、という位置づけだったんです。
ただ、内定先で研修を受けたときに、ワークスのインターンで一緒だったメンバーと比べて、会話のスピードや思考の解像度が圧倒的に違うと感じてしまって。だったら、ワークスに行ったほうが周りも優秀だし、自分も一番成長できるなと思い、最終的に選びました。
── 実際に入社されてからはいかがでしたか?
めちゃくちゃ面白かったですね。可能性が一気に広がった感覚がありました。当時は大量採用をしていて、同期は240人くらい。職種を限定せずに採用し、選考が終わった人から順にドラフト会議にかけられる仕組みでした。
自分が行きたい部署をプレゼンして、指名されたら配属が決まる。インターンから内定者研修まで含めたプログラム設計も本当にすごくて、エンジニア未経験の人を半年で現場に出せる状態にし、200人規模で回していたわけですから。
これを見て「人事をやりたい」と思って希望を出したのですが、新卒から人事配属はないと言われてしまって。結果として、勤怠管理系のプロダクトに配属されました。
── 最初の配属先では、どのような仕事をされていたのでしょうか。
最初は既存システムの保守や改修が中心でした。ただ、この会社は本当に独特で、「できることを積み上げる」のではなく、「まず絶対にできない課題を渡す」という文化だったんです。
最初に渡されたのが、「公務員の特殊勤務の機能を作れ」という案件でした。エンジニア未経験なのに、です。そもそも特殊勤務って何?というところから始まって、法律や手当の条件を調べて要件を書き、なんとか通ったものの、実装段階で完全に詰まりました。ソースコードを読んでも、どこに何を書けばいいのか、まったく分からなかったんです。
── そこから、どう立て直したのでしょうか。
次に渡されたのが、排他制御の作り直しでした。構想はあるから、それをどう実装するかを考えろ、という役割です。今振り返ると、「課題設計はできるけど、基礎が足りない」ということを見抜かれて、鍛え直すための課題を渡されていたんだと思います。
当時すでに多くの企業で使われていたシステムだったので、影響範囲を徹底的に洗い出し、設計を詰めて、ようやくリリースまでこぎ着けました。その後、勤怠と連携する新しいプロジェクト管理システムを一から作る案件に初期メンバーとして関わり、初めて「自分で考えたものをゼロから作る」という経験ができました。
── その経験は、今のキャリア観にもつながっていますか?
間違いなくつながっています。そこで気づいたのは、僕にとってコードを書くこと自体は目的ではなく、あくまで手段だということでした。何を作るべきかを考え、プロセスを描くことのほうが圧倒的に楽しい。そこから、「エンジニア」という肩書き以上に、「課題を定義して、何を作るかを考える人」という自己認識が固まっていきました。
ワークスアプリケーションズからリクルートへ
── リクルートへ転職された背景を教えてください。
ワークスアプリケーションズは、かなり特殊な組織でした。エンジニアとして鍛えられる環境ではあった一方で、自分が作った機能がどれだけ利益に貢献しているのかが見えづらかったんです。上のレイヤーでは売上や利益を見ていましたが、僕らはあくまで元データを出す側で、事業の結果に直接触れる感覚は薄かった。
その違和感から、もっと事業そのものに関わりたい、自分の仕事が利益や成長にどうつながっているのかを実感したいと思うようになりました。そこで、いわゆる事業会社を志向し、最終的にリクルートを選択しました。
── 実際に入社してみて、いかがでしたか?
分社化されていた時期で、SUUMOを扱う「住まいカンパニー」に所属しました。そこで、新規事業の立ち上げをいくつか経験しています。
例えば賃貸領域では、電話やFAXが当たり前だった業務を、オンラインで完結させる取り組みを進めました。管理会社や保証会社と一つひとつ調整しながら、入居申し込みをデジタル化していく。その中で、プロダクトを作るだけでなく、PLを意識しながら事業を回す経験ができたんです。
「この施策はどれくらい数字に効くのか」「どこにボトルネックがあるのか」といった視点で動くことが求められ、いわゆる“事業立ち上げのお作法”は、リクルートで徹底的に学ばせてもらいました。
── これまでのキャリアの中で、特に印象に残っている出来事は何でしょうか?
やはり一番大きいのは、ワークスアプリケーションズでの経験ですね。物事をどこまで深く考えるか、どう説明すれば相手に伝わるのかといった思考の基礎は、すべてあの環境で鍛えられました。
もう一つの原点は、中学時代のサッカーです。チームをどうまとめ、どう勝ちにいくかを考え続けた経験と、ワークスアプリケーションズで叩き込まれた思考の型。この二つが重なって、今の自分の考え方や仕事のスタイルが形づくられているんだと思います。
SORABITO入社の背景と、その後のキャリア
── 実際にSORABITOに入社されたいきさつを教えてください。
ちょうど、リクルートで取り組んでいたオンライン入居申し込みのプロジェクトが一段落したタイミングでした。一方で、働く中で感じていた違和感や不満も、徐々に明確になってきたんです。
一番大きかったのは、事業や要件定義を行う側と、エンジニアリングを担う側との距離がかなり離れていたことでした。エンジニア組織のKPIが「大きな不具合を出さないこと」に強く寄っていて、結果として「難しい要件はできません」という判断になりやすかった。
こちらとしては、エンジニアの知見があるからこそ「このやり方なら実現できる」と分かっていても、「それは保守しきれません」という言葉が返ってきてしまうような状況でした。
組織KPIのギャップによって、本来作れるはずのもの、作った方がいいものが作れない。その状況に、かなりフラストレーションが溜まっていました。だからこそ、「あるべきものを、適切に作れる環境」を自分で選びたい。そう思ったことが、リクルートを辞めようと考えた一番大きなきっかけでした。
── その中で、SORABITOを選んだ理由は何だったのでしょうか。
直接のきっかけは、リクルートで一緒に仕事をしていた人がSORABITOにいたことです。声をかけてもらい、「一度話してみようか」というところから始まりました。
話をする中で、建設・レンタルというドメインの面白さが見えてきましたし、これまで自分が取り組んできた業務改善やプロダクトづくりの延長線上にある課題が、そのまま転がっている感覚があった。「これは面白そうだな」というのが率直な印象でした。
ワークスアプリケーションズつながりの会社など、他にも検討はしていましたが、その中でもSORABITOが一番、「自分が理想とするエンジニア組織」を自分の手でつくっていけそうだと感じたんです。組織として未成熟な部分も含めて、「ここならできる」。そう思えたことが、最終的にSORABITOを選んだ理由でした。
── 入社時からPdMとして関わられていたんですか?
はい。入社時はPdM部の責任者候補、いわゆる部長候補という形で入りました。入社して3ヶ月ほどで部長となり、そこから1年強かけて、「i-Rental点検」を一から立ち上げて回していました。
その後、そのプロダクトの事業責任者を1年半ほど務め、さらに建設現場側の点検プロダクトである「GENBAx点検」も新たに立ち上げました。そこでは、プロダクトづくりだけでなく、組織づくりも含めて担い、事業責任者も兼ねる形になっています。
そして、その半年から1年後ほどで全事業の責任者となり、2024年11月に現在のポジションに就きました。PdMとして入り、段階的に役割を広げながらステップを上がってきた、というのがSORABITO入社後のキャリアですね。
── 入社当時、苦労したことや、逆によかったことはありましたか?
よかった点は、エンジニアとの関係性をかなり早い段階で築けたことです。リクルート時代に感じていた距離感とは対照的に、SORABITOでは半年も経たないうちに、エンジニアとPdMの間で良い関係性を作ることができました。これは本当に大きかったと思います。
一方で、正直に言うと、プロダクトの状態はかなりカオスでした。そこは入社当初、相当苦労しましたね。
現在の業務内容と、役割の変遷による視座の変化
── 現在の角谷さんの業務内容について教えてください。
状況によって変動はありますが、ざっくり言うと既存事業のBiz周りが全体の2〜3割を占めています。営業戦略をどう組むか、契約時の値引きをどう判断するかといった、事業進捗に直結する調整が中心ですね。
それに伴う開発進捗の管理が2割ほどで、中長期視点で経営に関わる部分が1割、人材や組織づくりが1割。採用面接などを含めると、採用が全体の5%ほどになります。残りの時間で、自分自身がPdMとして要件定義を行っている、というイメージです。
本当に、いろいろな役割を満遍なく担っている感覚ですね。
── かなり多くの役割を担われていますが、権限委譲についてはどのように考えていますか?
組織として見ると、権限委譲はかなり進んでいると思っています。Biz戦略やマーケティング戦略も、基本的にはどんどん任せています。大枠の計画や数値設計は僕が担うことが多いですが、具体的な施策レベルは、かなりメンバーに委ねています。
ただ、日々の状況変化は激しいので、その変化を踏まえて「今どう売るべきか」「どこに手を打つべきか」を判断するための情報収集や意思決定には、一定の時間を割いていますね。
── SORABITOの中でポジションが変わる中で、心情や視座の変化はありましたか?
ありましたね。振り返ると、最初のPdMメンバー時代は、正直お試し期間のような感覚で、大きな変化はありませんでした。部長になったタイミングが、実質的なスタートだったと思います。
当時のスタンスは、「事業責任者が判断するための材料を提供する」こと。プロダクトではリーダーシップを発揮しつつ、事業に対してはフォロワーシップを取る、そんなマインドでした。「この機能にはこれくらいコストがかかる」「この施策でこれくらい獲得できる」といった会話が中心でしたね。
そこから自分が事業責任者になると、見える景色が一気に変わりました。「それで、どれだけ売上が立つのか」「営業戦略をどう組むのか」という話に踏み込み、原価だけでなく、販管費やトップラインまで含めて考えるようになった。この段階で、視座が一段上がった感覚は確かにありました。
ただ当時は、関心の中心はあくまで自分が管掌している事業の最大化で、会社全体というより「この事業をどう伸ばすか」に思考が寄っていたと思います。
さらに全社を見る立場になると、今度は全体最適の視点が求められるようになります。コーポレート機能や横断組織も含めて、人材やコストをどう配分するか、組織をどう設計するか。そうした点まで考えるようになり、経営に近い視点が一気に強まりました。これが、これまでの変遷ですね。
SORABITOの魅力

── 改めて、SORABITOの事業の魅力について教えてください。
一番の魅力は、ミッションにもある通り、「正しくインフラ基盤を作っていく」という点だと思っています。社会的な意義やインパクトが非常に大きく、その中で僕たちが一定のポジションを築きつつあること自体が、すでに大きな価値だと感じています。
── 事業としての広がりを考える中で、角谷さん自身の中で「これは社会的に意味がある」と感じた瞬間はどこだったのでしょうか?
SMBやtoC向けの取り組みについては、これまで「借りる人が増えることで、レンタル会社の新たな利益につながる」という文脈で語ってきました。ただ、その先を考えていくと、防災という観点が自然と見えてきます。
災害時に「どこに、どんな機械があるのか」がすぐに分かれば、倒壊した建物を迅速に撤去でき、結果として命を救えるかもしれない。発電機の配置が常に把握され、平時から備えられている状態そのものが、防災インフラになると考えています。
農家の方やSMBのコストを下げるだけでなく、一般の人たちの防災にも貢献できる可能性がある。そうした社会性を持っている点こそが、この事業の大きな魅力ですし、そこまで実現できて初めて「正しい仕組み」と言えるのだと思っています。
現在の組織体制について
── 現在のSORABITOの組織全体について、まず俯瞰して教えていただけますか?
全体像としては、コーポレート系に財務・総務・人事があり、その上に会長・創業者、社長がいます。縦の構造で見ると、社長の直下に僕がいる形なので、事業側の話については基本的に僕がメインで担っています。
事業組織はいくつかに分かれていて、まず新規事業開発、いわゆる新しいタネを探すチームがあります。これはやってることの変化が大きすぎるので、今回は詳しく触れません。
メインとなるのは、レンタル事業者向けにソリューションを提供するBizチームです。ここはセールスとCSが一体となった組織で、同じ構造で建設向けにソリューションを提供するチームもあります。さらに、SMBやtoC向け、具体的にはホームセンターやガソリンスタンドなどを含む領域を担うチームがあり、基本的には向き合う顧客やドメインごとに組織を分けています。
── それに対して、プロダクトやエンジニアリングの組織はどのようになっていますか?
プロダクト側にはPdMの組織があり、その支持をうけて実際に手を動かすエンジニアリング、さらに事業推進・マーケティングといった機能があります。これらはすべて横断組織として動いています。
見た目としては機能組織に近いですが、あえてこの形を取っているのは、事業間のつながりが非常に強いからです。例えば、建設現場で点検する機械はレンタル事業者から借りる前提になります。つまり、レンタル側と建設側は分断された存在ではなく、つながって初めて価値が成立します。
建設側で注文する体験と、レンタル側で借りて点検する体験は、本来一つの体験として設計されるべきです。ドメインごとに完全に切り分けてしまうと、全体最適からズレてしまう。だからこそ、プロダクト・エンジニアリング・マーケティングは横のつながりを強める設計にしています。
人数感としては社員が約40名、開発には業務委託も入っており、全体では業務委託が20名弱という構成です。
── エンジニアリングチームについて、もう少し詳しく教えてください。
プロダクトディベロップメントの部長が1名いて、その配下にチームがあります。構成はデザイナーが1名、それ以外はエンジニアで、ベースは全員フルスタックです。
特徴的なのは、プロダクトごとに明確な担当を固定していない点です。ローテーションを義務付けているわけではありませんが、結果として自然に人が入れ替わる構成になっています。
複数プロダクトがある中で、「この人はこのプロダクトしか分からない」という状態を避けたかった。特に、古いプロダクトと新しいプロダクトでは技術スタックも異なるため、定期的に触れながら組織としての持続性を担保したいという意図があります。
── 技術スタックについては、統一していく考えはありますか?
正直、負の遺産的な部分もあり、完全な統一は難しいのが現実です。また、新規プロダクトでレガシー化しつつある技術をあえて使うことが、エンジニアの成長を阻害する側面もあると感じています。
そのため、ゼロから作る場合は、その時点で最適な技術を選定する、という判断をしています。流動性の観点では揃えた方が楽ですが、あえて「揃えない側」に倒している感覚ですね。
── 現在、組織として特に力を入れているプロジェクトはありますか?
新規領域で言うと、「カリモ」はまだ立ち上げたばかりのフェーズです。2025年時点でも、プロダクト・事業ともにまだ形になり切っておらず、社長の干渉範囲として進めています。
一方で、既存事業も当然おろそかにはできません。建設向けプロダクトの「GENBAx点検」はリリースから約一年半で、まだまだ伸ばすフェーズです。開発目線で最もパワーをかけているのも、この建設向けプロダクトですね。
レンタル向けのプロダクトの「i-Rental」シリーズも既存事業として拡張していくフェーズです。重機には車検のような法定点検があり、これまではCD-ROMや紙でしか対応できなかった世界でした。それが「i-Rental点検」によってようやく実用段階に入り、現在は拡販フェーズに入っています。
新規事業は開発と事業づくりを並行するフェーズ、建設向けはプロダクトが整いセールスが主役になるフェーズ。それぞれ事業ごとにフェーズが異なっています。
── 組織全体としての魅力や強みについて教えてください。
一番の強みは、エンジニアとPdMの関係性です。合う・合わないは分かれると思いますが、合う人には非常に刺さる環境だと思っています。
エンジニアを「要件が降りてきたから作る人」にはしていません。最終的な意思決定はPdMが行いますが、「なぜ作るのか」「何を解決したいのか」に疑問があれば、エンジニアが遠慮なく言える関係性を明確にしています。
その結果、「なぜその設計なのか」「将来の拡張を考えるとどうか」といった議論を経て仕様が決まっていく。こうした健全なディスカッションが成立している点は、明確な強みだと思っています。
── 採用の段階でも、そうした相性は見ているのでしょうか?
PdMについては、かなり重視しています。選考ではPdM部だけでなく開発側の目も入れ、「開発と適切にコミュニケーションが取れるか」という観点を明確に見ています。
エンジニアについては、全員が同じレベルで議論できる必要はありませんが、受け身で「要件が固まっていないから作れません」というスタンスの人は合わない。その最低限の姿勢は見ています。
── 組織としての課題はありますか?
一つは、横のつながりがまだ弱い点です。ドメインごとに組織を分けている以上ある程度は仕方ありませんが、システムがつながってきている今、相互送客はもっと狙うべきだと考えています。
PdM組織も含め、各自が自分のプロダクトで手一杯になりがちですが、部長や一部メンバーがハブとなり、横断感を強める動きは出てきています。ここは今後さらに強化していきたいですね。
── AI活用については、どのように進めていますか?
基本的には「それぞれある」という状態です。エンジニアにはかなり自由度を渡していて、予算内であればツール選定も任せています。プロダクト系ではClaude CodeやCursorなどを試していて、今はあえて“戦国時代”をやらせています。
一方で、全社的にはGeminiを標準で使う形にしています。2024年にアンケートや試行を重ねた結果、AIを使いこなせる層とそうでない層は明確に分かれてきました。今は、使える人の生産性を一気に引き上げ、そのやり方を横展開していくフェーズです。
プロダクトへのAI組み込み、個人の生産性向上、定常業務の自動化と、複数のレイヤーで並行して進めているのが、今の状態ですね。
今後の目標と描いている成長曲線
── 今後の目標から伺ってもよろしいですか?
目標という観点でいくと、レンタル会社向けのソリューションについては、「点検」を軸にすでに一定の広がりを持てています。そのうえで、今まさに力を入れているのが建設向けの領域です。ここでは一部AI活用も含めながら、ソリューションをさらに強化していくフェーズに入っています。
建設向けのSaaSについては、すでに要件定義と開発が動いており、直近半年から1年ほどの時間軸で、かなり明確な成長曲線を描こうとしています。現在は常時300〜400現場ほどで使われているサービスですが、これを1年後には約3倍、さらにその翌年には倍、という成長を目指しています。
AIについては、世の中で流行している一方で、正直「これは微妙だな」と感じるものも少なくありません。だからこそ僕らとしては、既存のSaaSの業務プロセスの中に自然に組み込まれていること、そしてITリテラシーが高くない人でも無理なく使える状態をつくることを重視しています。いわゆる“AIありき”ではなく、業務の延長線として正しく使えるAIを提供したい、という考え方は一貫しています。
中長期の視点では、toCも含めて「機械」を軸に、すべてがつながっていく世界をさらに加速させていきたいと考えています。事業化を前提に試している取り組みはいくつかあり、AI活用を前提としながら、音声系AIや位置情報、言葉としてはやや古くなってきましたがIoTも含めて、機械を中心に集まるデータをどう活用していくかには大きな可能性があると感じています。
最終的には、toB・toCを問わず、機械の保有者と利用者を適切につなげていく。その状態を明確に実現することが、中長期の目標ですね。
── そうした目標がある中で、どのような方と一緒に働きたいと考えていますか?
少しエンジニア寄りの話になりますが、プロダクトに関わる人全般という前提で言うと、「課題をちゃんと解決したい」と思える人がいいなと思っています。本質的な課題は何なのかを捉え続けられること、そしてその解決に向かって正しく汗をかけること。この二つはとても大事です。
もう一つは、建設的な議論ができること。結局それも「課題の本質を探す」という行為だと思っていて、その本質探しを感情ではなく、建設的に議論できる人がいい。自分の頭で考えて本質を見極め、解決に向けて進められる人、というのが抽象度を上げたときの人物像だと思います。
これはプロダクトに限らず、Biz側でも同じです。何の課題を解決したいのか、そのために何をすべきかを論理立てて話せて、実行までできる人。そういう人と一緒に働きたいですね。
── 最後に何かございますか?
SORABITOは、正直に言うと、PdMに求める範囲が他社と比べてもかなり広い会社だと思います。僕自身、キャリアの中で視点が上がっていくにつれて、PdMに求めるものも自然と上がってきた、という背景があります。
PdM組織のKPIには、大きく二つの考え方があると思っています。一つは、売上よりも利用率やアクティブユーザー数を重視するタイプ。もう一つは、売上をKPIに置くタイプです。僕自身は後者で、PdMは「売上派閥」だと考えています。
というのも、PdMは「この機能を出したらどれだけユーザーが増えるか」「どれだけチャーンを防げるか」といった視点で意思決定をしている。来期の予算を考えるときも、販管費を除けば、ほぼ粗利を見ているわけですよね。だったら、判断の軸は「粗利の最大化」で動くべきだ、というのが僕の考え方です。
もちろん、「粗利◯円」といった明確な数値目標を置くわけではありません。ただ、判断の拠り所はそこにあるべきだ、ということをPdMには求めています。課題を捉えて要件定義をするのは大前提で、それが最終的に事業として何につながるのかまで考えられるPdMであってほしい。
そういう意味では、将来的に事業責任者になりたいPdMにとっては、むちゃくちゃ面白い環境だと思います。社内でも、Bizとの関係性を壊さない範囲であれば、営業戦略についても一緒に考えていい、というスタンスでやっています。実際に、レンタルソリューションの部長と担当PdMが、SMBをどう攻めるかを顧客リストを突き合わせながら議論している場面もあります。
プロダクトだけでなく、事業全体に関わりたい。将来は事業を背負いたい。そう思う人にとって、SORABITOは本当に面白い会社だと思います。



