上場はゴールではなかった──。
経理担当として入社し、わずか11ヶ月でCFOへ。
その後、上場準備を牽引し、2023年の上場を経てCEOに就任。
組織の崩壊と再構築を経験する中で、たどり着いたのは「個に依存しない経営」という一つの答えだった。
現在、売れるネット広告社グループは
「チーム」と「仕組み化」を軸に、新たな成長フェーズへと進んでいる。
本記事では、植木原宗平氏のキャリアの軌跡とともに、経営者としての意思決定、そしてこれからの組織と人材に求めるものに迫る。
植木原 宗平 氏|売れるネット広告社グループ株式会社 代表取締役社長 CEO
福岡県出身。中央大学卒業後、大日本印刷のグループに入社し、経営管理・財務領域を担当。その後、JR九州グループにてバックオフィス全般を経験し、税理士資格の勉強を開始。
アクセンチュアにてBPOコンサルタントとして業務改善・自動化プロジェクトに従事した後、フリー株式会社に入社。カスタマーサクセスとして税理士事務所向けの支援を行う。
2019年、売れるネット広告社に入社。入社9ヶ月でCFOに就任し、管理部門の立ち上げおよび上場準備を主導。2023年10月の上場を経て、2026年1月に代表取締役社長 CEOに就任。
現在は、「チーム」と「仕組み化」を軸に、組織変革と事業成長を推進している。
売れるネット広告社グループ株式会社

売上に徹底的に向き合う──ダイレクトマーケティング特化の理由
── まずは、御社の事業内容から伺ってもよろしいでしょうか。
売れるネット広告社グループは、創業以来、ダイレクトマーケティング領域に特化して事業を展開してきました。
私たちは、企業にとっての成功を「売上を上げること」だと定義しています。少しストレートに聞こえるかもしれませんが、そこに徹底的に向き合ってきた会社です。
そのため、売上に直結するダイレクトマーケティング領域に特化し、クライアントの成果創出にコミットしてきました。
今後はダイレクトマーケティングを含む「マーケティング支援」「コマース事業」を中心にした事業成長支援領域を一つの柱にしつつ、M&Aで取り込んだ通信サービス領域や、BitCoinなどWeb3領域の事業など複数の事業領域をバランスよく拡大させ、様々な形でクライアント企業や社会に貢献していきたいと思っています。
陸上と共同生活で培った、人間関係の本質

── 幼少期はどのようなお子さんでしたか?
父が税務署に勤める公務員で転勤も多く、長崎で生まれましたが、幼少期は転々とし、小学校に上がる前には福岡県の太宰府市に落ち着き、田舎で育ったという感覚があります。
三兄弟の末っ子で、長男はかなりやんちゃ、次男はその反動でおとなしく。その中で「自分はそつなく生きていこう(笑)」と思い、スポーツも勉強もバランスよく取り組むことを意識して、小学校時代を過ごしていました。
── スポーツについてですが、陸上は学生時代から取り組まれていたのでしょうか。
はい。小学校の頃はマラソン大会や持久走大会があり、比較的良い成績を残していたこともあって、走ることには自信がありました。特別に競技として取り組んでいたわけではありませんが、学年で一番になることもあり、中学校から本格的に陸上の長距離を始めました。
── 学業もしっかり取り組まれていたとのことですが、学生時代は部活動が中心だったのでしょうか。
中学・高校ともに公立校に通っていました。高校は福岡の中では進学校にあたる学校で、陸上の強豪校は私立に多かったのですが、母の方針で「スポーツ一辺倒になるのは良くない」ということで、勉強と両立できる公立高校を選びました。
そのため、勉強と部活動の両方に取り組む環境で学生時代を過ごしていました。
── 大学は中央大学に進学されていますが、スポーツ推薦での進学だったのでしょうか。
高校3年生のときに、三千メートル障害でインターハイに出場しました。それをきっかけに進学の機会を得ましたが、中央大学のスポーツ推薦枠は埋まっていたため、指定校推薦という形で進学しました。
ただ、指定校推薦でもスポーツ推薦とほぼ同様の扱いで駅伝部に所属し、寮生活を送ることができました。
── 駅伝はチーム競技の側面が強いと思いますが、その点はいかがでしたか。
毎年10〜12名ほどの新入部員が入る中で、箱根駅伝を走れるのは10人に限られます。そのためチームとしての規律は重視されますが、最終的には個人の実力が求められます。
その意味では、チーム競技でありながらも個人競技の側面が強く、仲間でありながらライバルでもある関係でした。良い記録が出れば応援する一方で、同時に競争意識も強く働く、難しいバランスの中にいたと思います。
大学では、陸上部の寮で4人1部屋の共同生活をしていました。4年生から1年生までが同室で、常に一緒に生活する環境です。
最初は四六時中他人と過ごすことに戸惑いもありましたが、その中で人との距離の取り方や関わり方を学びました。どこまで踏み込むべきか、どこで線を引くべきかという感覚は、この環境で身についたものだと思います。
陸上の競技力だけでなく、人間力を大きく鍛えられた4年間でした。
── そのご経験は、現在の経営にも活きていますか。
高校まではどちらかというと競技面では個人主義で協調性はないタイプでしたが、大学での経験を通じて、徐々にバランスを取る役割へと変わっていきました。
現在の経営でも、創業者の加藤のように先頭に立って切り開くというよりは、個性の強いグループ会社の社長たちを束ね、全体のバランスを取りながら進めていく役割だと認識しています。
大学時代の経験は、今の自分のスタイルに大きく影響していると感じています。
── 今回、加藤さんから植木原さんへと経営体制が変わったとのことで、性格面でも違いがあると伺っています。
もう真逆ですね(笑)
安定を捨て、自らキャリアを切り開いた転機
── 大学卒業後、新卒ではどのような会社に入られたのでしょうか。
大日本印刷のグループ会社に入社しました。もともとは社会人でも陸上を続けたい、実業団に進みたいという思いがあり、大学4年間その道を目指していましたが、結果が出ず、就職することになりました。
当時は体育会出身ということもあり、働くイメージがあまり湧いていなかったんです。まずは社会に出ようという形で、大学からの紹介で入社しました。
社内に陸上チームがあり「速い人を探している」という比較的ラフな募集だったことと、大手グループ会社だったこともあり、「まずは社会に出る」という感覚で働き始めたのが最初です。
── そこでバックオフィス業務を経験され、経営管理や財務に関わるようになっていったのでしょうか。
そうですね。今で5社目になりますが、1社目では商学部出身という理由で、経営管理の資料作成を行う部署に配属されました。そこで初めて数字を扱う仕事や、経営管理の基礎を学びました。
ただ、大学時代はほとんど勉強していなかったので、知識としてはゼロからのスタートでした。
── その会社にはどのくらい在籍されていたのでしょうか。
約4年間在籍し、経営管理領域に携わっていました。その間に25歳で結婚し、子どもが生まれたことをきっかけに、福岡で子育てをしたいという思いから、JR九州のグループ会社へ出向する形になりました。
そこでは少人数体制だったこともあり、経理・総務・人事・労務といったバックオフィス業務を一通り経験しました。
── そのタイミングで税理士を目指されたのですよね。
はい。子どもが生まれたことで、「会社に依存しすぎないキャリアを持ちたい」「もっと稼げるようにならなければ」という思いが強くなりました。
当時28歳で、JR九州グループは安定している一方で、自分の将来がある程度見えてしまう感覚もありました。そこで、自分でキャリアを切り開くための選択肢として資格取得を考え、父が国税出身で税理士事務所を開いていたこともあり、税理士を目指すことにしました。
── 在籍中に資格は取得されたのでしょうか。
税理士の5科目までは取得できていませんが、簿記論と財務諸表論の2科目を取得しました。そのタイミングで転職サイトにも登録していたため、いくつか声がかかるようになり、30歳のタイミングで進路を考えることになりました。
ちょうどその頃、会計のアウトソーシングや自動化が話題になっており、「税理士の仕事も将来的に変わるのではないか」という議論が出ていました。
であれば、RPAなどの自動化や業務改善の経験を積んだ方が強みになると考え、アクセンチュアのBPOコンサルに転職しました。
── アクセンチュアではいかがでしたか。
日本の大手企業の経理業務を切り出して標準化・マニュアル化し、最終的にロボットに置き換えていくプロジェクトに携わりました。
業務ヒアリングから設計、オペレーション構築、オペレーターのマネジメントまでを担当し、約2年半経験しました。この経験は汎用性が高く、その後のキャリアにも大きく活きています。
── その後、フリー株式会社に入社された経緯について教えてください。
アクセンチュアは大企業向けのプロジェクトが中心でしたが、当時は税理士という選択肢も引き続き考えていたため、より中小企業に近い領域で、かつ会計の自動化に関われる環境を探していました。
その中で、ちょうどフリーが九州支社の立ち上げメンバーを募集しており、税理士を目指す上でも良い経験になると考え、入社を決めました。
── フリーにはどのくらい在籍されていたのでしょうか。
約1年半です。期間としては短いですが、税理士事務所向けのカスタマーサクセスに携わっていたため、実務や業界の動きを理解するうえで非常に価値のある経験でした。
事業会社へ──「IPOをやり切る」と決めた転機

── 2019年に現在の売れるネット広告社グループ株式会社へ入社されていますが、事業会社に当事者として関わりたいという思いがきっかけだったのでしょうか。
そうですね。フリーでは税理士事務所向けの導入支援やカスタマーサクセスを担当していましたが、自分のキャリアとしては大きく二つの選択肢を考えていました。
一つは、税理士として独立する道。もう一つは、経理として唯一やり残していた「IPO」を経験することです。経理にとってIPOは、一つの到達点でもあります。
当時は福岡にいたこともあり、IPOを目指す企業での経理ポジションは年収面とのバランスが難しく、現実的ではありませんでした。
そんな中で売れるネット広告社からスカウトをいただき、「この条件でIPOを経験できるならやるしかない」と思い、2019年1月に一経理担当として入社しました。
── 採用プロセスはいかがでしたか。
当時のCFOだった福本(現取締役)が面接官でした。正直に言うと、最初オフィスに入った瞬間、真っ赤なオフィスに少し引いてしまって(笑)、自分とは合わないかもしれないと感じました。
ただ、一次面接で福本と話した際に、非常にロジカルで、「見せ方は派手でも中身は堅実な会社なんだ」と印象が変わりました。
一方で、二次面接で当時の社長・加藤(現会長)と会ったときは、ある意味イメージ通りで、「やはり難しいかもしれない(笑)」とも感じました。それでも、自分は経理担当として入る立場であり、福本のもとで働けるのであれば問題ないと判断し、入社を決めました。
ただ、入社直後に状況が大きく変わります。入社翌月にトーマツ出身のCFOが就任し、福本は別部署へ異動。さらにそのCFOも半年ほどで退任し、2019年11月、入社から約11ヶ月で自分がCFOに就任することになりました。正直、全く想定していませんでした。
当初は仕訳を回し、体制を整える役割だと思っていましたが、CFOとして上場準備に関わることになり、扱う内容も一気に専門的になりました。
当時は今のように便利なツールもなく、分からないことはその場で検索しながら対応するしかありませんでした。まさに強制的に成長させられた経験で、この数年間はその連続だったと思います。
── 代表に就任されるまでは、CFOとしての役割を担われていたのでしょうか。
はい。2025年12月まで、約6年間CFOを務めていました。入社当初は管理部門自体が整っておらず、まずは管理部をゼロから立ち上げるところからスタートしました。CFOとはいえ、自分で手を動かしながら経理・総務・人事すべてを担い、上場準備を進めていきました。
上場準備は、単なる手続きではなく、会社を一度作り替えるプロセスでした。
── 上場準備の中で、どのような課題がありましたか。
課題は本当に多かったですね(笑)。会社としてはこれまで「とにかく稼ぐ」というスタイルで成長してきており、上場とは真逆の文化でした。
そこに対してルールや統制を入れていく必要があり、業務スピードの低下や離職の増加など、組織的な痛みも伴いました。創業初期メンバーの多くが離れることにもなりましたし、予算も思うように伸びない時期が続きました。
また、情報発信にも制約がかかり、社員だけでなく当時の社長である加藤にも大きなストレスがかかっていたと思います。
ただ、救いだったのは加藤の意思決定でした。
「上場を最優先にする」という方針のもと、営業メンバーにも管理部の方針に従うよう明確に伝えてくれたことで、全社として上場準備に向き合う体制が整いました。
トップダウンではありましたが、組織としては非常に協力的でした。
── 特に難しかったフェーズはありましたか。
上場の2年前、2020年から2021年頃が最も厳しい時期でした。予算が伸びず、経営的なプレッシャーが高まる中で、組織の雰囲気も悪化していきました。制約が増えることへの反発や、社員の離職も重なり、悪循環が生まれていた時期だったと思います。
── 2023年10月に上場されていますが、実際に達成されていかがでしたか。
入社当初は「上場したら一区切り」という感覚がありました。上場すれば環境も良くなり、バラ色の未来が待っていると思っていた部分もあります。
ただ、実際には上場はゴールではなくスタートでした。
上場後も黒字化には至っておらず、むしろここからが本当の勝負だと感じています。
また、上場までに多くの社員や協力会社の方に無理をしてもらってきた中で、まだ十分に報いることができていません。
だからこそ、「会社を成長させること」「黒字化し、株価を上げること」「社員や関係者に還元すること」をやり切らなければならないと強く感じています。今はそのフェーズに向き合っている最中です。
CEO就任の背景と経営者としての視点の変化
── CEO就任の背景についてお伺いさせてください。もともとは経理担当としてIPOを経験するという意識から、代表に就任されていますが、どのような経緯があったのでしょうか。
根底にあるのは、「この会社を本当にいい会社にしたい」という思いです。
いい会社の定義は人それぞれですが、従業員が定着し、売上が伸び、関わる人が「この会社に関わって良かった」と思える環境をつくりたいという考えは、ずっと持っていました。加藤も同じ思いを持っており、上場後はM&Aを軸に事業領域を広げていこうという話をしていました。
当初は、ネットマーケティング領域で強い影響力を持つ加藤がトップにいることで、案件獲得やネットワークの面でも大きな強みがありました。ただ、事業領域が広がり、新規事業も増えていく中で、すべてをマイクロマネジメントするスタイルには限界があるという認識がありました。
そこで、「これからのホールディングスのCEOに求められる役割は何か」という議論を、加藤と重ねました。
単体の会社であれば強いトップが引っ張る形でも成立しますが、グループ経営では各事業会社へ権限を委譲しながら、親会社として資金調達やM&A、次の成長戦略を描いていく必要があります。その中で、ファイナンスやM&Aに強く、事業会社の経営者と円滑に連携できる存在が必要になる。
その役割として、自分が適しているのではないかと考え、CEOを引き受けることになりました。
── その流れは、打診という形だったのでしょうか。それともご自身からの提案だったのでしょうか。
就任の半年前くらいに、自分から「今のフェーズでは自分が最適だと思う」と伝えました。そこから議論を重ね、「では任せよう」という形で決まりました。ただ、決断にはかなり悩みました。会社として順風満帆なタイミングではなく、課題も多いフェーズだったため、本当に自分が引き受けるべきなのかは何度も考えました。
ただ、私は「悩んだら難しい道を選ぶ」という考えをもっており、覚悟を持ってやる決断をしました。
── 実際にCEOに就任されてから、視点や感じ方に変化はありましたか。
大きく変わりました。CFOの時も経営の意思決定には関わっていましたが、最終的に方向性を決めるのは加藤でした。一方でCEOになると、自分の発言一つで会社の方向性が決まります。その責任の重さから、これまで以上に慎重に考えて発言するようになりました。
また、これまでは「今月」「今期」といった短期的な視点が中心でしたが、CEOになってからは、社員が求めているのは5年後、10年後の会社の姿であると強く感じるようになりました。
そのため、より中長期の視点で会社の方向性を考える必要があると感じています。ただ、まだ明確な答えを描き切れているわけではなく、日々模索している状態です。
もう一つ大きな変化は、「終わりがない」という感覚です。CFOの時は決算という明確な区切りがありましたが、CEOになると分かりやすいゴールがありません。決算もあくまで通過点に過ぎず、常に考え続ける必要があります。
その中で、経営者という役割の難しさを実感すると同時に、加藤がこれまで背負ってきたプレッシャーや思考の重さも、以前より理解できるようになりました。
組織の転換点:「チーム」と「仕組み化」に込めた意図

── ここからは採用にもつながる部分として、会社としての変化についてお伺いさせてください。「チーム」と「仕組み化」というキーワードには、どのような思いが込められているのでしょうか。
これまでの売れるネット広告社は、加藤という強いトップのもとで、トップダウンで成長してきた会社でした。発信力もあり、ある意味カリスマ的な存在だったと思います。
企業理念や行動指針はありましたが、実態としては全員が加藤を見て動いており、良くも悪くも指示待ちの状態になっていた側面もありました。また、厳格なルールのもとで、その環境に適応できる人材が求められてきました。
その結果、加藤がいなくなったときに、組織としての基盤が揺らぐ可能性がある状態でもあったと思います。
ただ一方で、そのスタイルだったからこそ上場を実現できたという側面もあり、このフェーズにおいては非常に合理的な経営だったとも考えています。一方で、これからはその延長ではなく、方向性を変えていく必要があります。
極端に言えば、将来的には自分でなくても回る組織にしたい。誰がホールディングスのCEOになったとしても、各事業会社が自立して成長し、グループ全体で利益を出し続けられる状態を目指しています。
その転換期として、今のタイミングで自分がこの役割を担っていると捉えています。
── その中で、今後はどのような組織を目指していくのでしょうか。
これまでは、厳格なルールのもとでトップに適応できる人材が求められてきましたが、今後は変えていきたいと考えています。
最低限のルールの中で、自ら新しいものを生み出したい、組織をつくりたい、サービスをつくりたいという意思を持った人が活躍できる環境にしていきたい。そのような人に集まってほしいと思っています。
── そのうえで、組織運営において意識されていることはありますか。
一つは「情報が上がりやすい状態をつくること」です。
結果が出なかった場合はしっかり評価・改善を行いますが、その過程で過度に詰めてしまうと、情報が隠されたり、不正が起きたりするリスクがあります。そうなると正しい意思決定ができません。そのため、良い情報だけでなく悪い情報も含めて、きちんと上に報告できる環境を重視しています。
一方で、結果に対してはシビアに向き合います。目標を達成できなかった場合には、必要に応じて人の入れ替えも含めて厳しく判断していく。この「透明性」と「厳しさ」の両立が重要だと考えています。
── 「チーム」という観点は理解できましたが、「仕組み化」についてはいかがでしょうか。
仕組み化という意味では、グループ全体でどのように業績を伸ばしていくかという点が中心になります。
現在は各事業会社がそれぞれ独立して動いており、グループとしてのシナジーが十分に発揮されていない状態です。ただ、本来どの会社にもシナジーはあるはずです。それを横断的に生み出せる仕組みをつくっていきたいと考えています。
具体的には二つあります。
一つはM&A後のPMIをしっかり行うこと。もう一つは社内コミュニケーションの活性化です。仕組み化というとシステムや制度の話に見えがちですが、実際には人と人の関係性がベースになります。会社間の垣根を越えたコミュニケーションを増やし、自然に連携が生まれる状態をつくる。
その結果として、横のつながりからシナジーが生まれる仕組みを整えていきたいと考えています。
グループ各社のカルチャーと、横断での組織づくり
── 組織的なカルチャーについてですが、グループ各社で違いはあるのでしょうか。
かなり違いますね。今のグループ会社を見ると、大きく2つのタイプに分かれていると感じています。
一つは、創業者が強いまま成長してきた会社。もう一つは、創業者に依存せず、組織として自走できている会社です。例えば子会社の一つであるJCNTのように、創業者がいなくても回っている会社もあります。
創業者が強い会社、あるいは売れるネット広告社のようにその文化が色濃く残っている会社は、とにかく行動力と推進力が強いのが特徴です。
トップの指示が出れば一気に動き出すスピード感がありますし、良くも悪くも、多少無理をしてでも成果を出しにいくベンチャー気質が残っています。
── 一方で、課題となる部分はありますか。
あります。定着率や働き方の面での課題に加え、スピードを優先するあまり業務が雑になってしまう側面もあります。ガバナンスや統制の観点では、弱さが出やすいタイプだと思います。
一方で、組織として自走している会社は、強みが非常に明確です。
組織体制が整っており、従業員の定着率も高く、働き方も安定しています。心理的安全性が高く、安心して働ける環境が整っている点は大きな強みです。
ただその反面、変化に対して慎重になりやすく、新しい取り組みに対して自発的にチャレンジする文化はやや弱い傾向があります。
── 先ほどの「横串」の話に関連して、それぞれの強みをどのように活かしていくのでしょうか。
基本的には「補い合う」という考え方です。それぞれの会社が持つ強みは維持しつつ、弱みについてはグループ内で補完していく形を目指しています。
例えば、ベンチャー気質の会社と安定型の会社が関わることで、お互いに足りない部分に気づき、学び合うことができます。加えて、最終的には「人」の配置が重要だと考えています。各事業会社のトップに、足りていない要素を補える人材を配置することで、強みを活かしながら弱みも補強していく。
そのような形で、グループ全体の組織力を高めていきたいと考えています。
「ガンガン働ける人」からの転換──求める人材像
── 活躍する人材という観点では、どのような方をイメージされていますか。
正直に言うと、これまでは指示に対して「とにかくガンガン働ける人」が求められていました(笑)。それが最も重要な要素だったと思いますし、これからも重要な能力ではあります。
ただ、今後もその要素は必要である一方で、これからは求める人材像を変えていく必要があると考えています。
現在の売れるネット広告社グループは、ネットマーケティングを中心に一定の基盤はありますが、同じことを続けているだけでは成長が鈍化していくフェーズに入っています。
そのため、これから最も求められるのは「新しいことに挑戦できる人材」です。単に働くのではなく、指示を待つのでもなく、「自分はこうしたい」「こうすればもっと良くなる」といった意思を持ち、自ら事業を広げていける人。
言い換えると、この会社というフィールドを使って新しいことに挑戦したい人が、最も成長できる環境だと思っています。加えて、変化を恐れず、今やっていることに対して常に疑問を持ち続けられることも重要です。
「本当にこのやり方が最適なのか」「もっと成果を出せる方法はないか」と問い続け、必要であれば自ら舵を切れる人。
そういった主体性と変革志向を持つ人が、これからのフェーズでは求められると考えています。
── では改めて、ホールディングスとしての強みについてもお聞かせください。
一番の強みは、「新しいことに挑戦し続けられる環境」にあります。
安定した収益基盤も持ちながら、上場前はネットマーケティングに集中していましたが、現在はそれを一つの事業領域として捉えつつ、領域にとらわれず幅広く挑戦していく方針に変わっています。
やりたいことがあれば、自由度高く挑戦できる。この柔軟性とスピード感が、今のホールディングスの大きな特徴であり、強みだと考えています。
今後の展望と、これから仲間になる方へのメッセージ
── ここまで様々なお話を伺ってきましたが、今後の会社の展望についてお聞かせいただけますか。
まず外形的な目標としては、3年以内に売上100億円、時価総額250億円を達成したいと考えています。
現在グロース市場に上場していますが、上場している以上、その先を目指し続ける会社でありたいと考えています。プライム市場の基準の一つである時価総額250億円をクリアし、いつでも次のステージに挑戦できる状態をつくることが、この目標の背景にあります。
── ありがとうございます。最後に、採用の文脈としてメッセージをいただけますか。
売れるネット広告社グループは、これまでネットマーケティングを軸に成長してきましたが、その基盤がある今だからこそ、新しいことにどんどん挑戦していきたいと考えています。
やってはいけないことを過度に制限しているわけではなく、収益性が見込めるのであれば、新しい事業にも積極的にチャレンジできる環境です。その意味で、事業をつくる面白さは非常に大きいと思います。
また、グループ全体の平均年齢は30〜35歳程度と比較的若く、早い段階から経営に関わるチャンスがあります。
加えて、今後もM&Aや新規事業の立ち上げを通じてグループ会社が増えていくことを想定しており、各事業会社の中核を担う幹部・役員、さらにはグループ会社の社長を任せられるようなボードメンバーの採用も積極的に進めていきたいと考えています。
将来的に経営者になりたい方や、新しい事業に挑戦したい方、さらには上場企業の社長を目指したいという野心を持っている方にとっては、結果を出せば自然とチャンスが広がる環境です。これまでが0→1、現在が1→10のフェーズだとすると、これからは10→100、さらに100→1000へとスケールしていく段階に入っていきます。
この会社を使って大きな事業をつくりたいという思いがある方にとっては、今が一番面白いタイミングだと思っています。
── どのような年齢層の方に特に期待されていますか。
経営層を目指すという観点では、28歳から35歳くらいの層に特に期待しています。
この年代は成長意欲も高く、エネルギーもあり、現場感覚を持ちながら新しい領域に挑戦できる世代です。特にネットマーケティングやこれから成長するテクノロジー領域においては、現場に近い若い世代の方が実態を理解しているケースも多いと感じています。
そうした感覚を持ち、一緒に新しい挑戦をつくっていける方と、ぜひお会いしたいです。



