坂井 俊介氏|株式会社FiNC Technologies CTO

2019年東京大学大学院情報理工学系研究科修了。大学院ではVR技術を用いたヒトの認識・行動システムの研究を行い、修了後にFiNCにジョイン。2020年からはtoC事業の開発チームのテックリードとして、チームビルディングや開発プロセス改善にも注力。また他社との共同事業開発のリードも兼任。2022年よりエンジニアリングマネージャー。ビジネス・技術負債への感度が高く、内外の環境変化に適応的なプロダクト設計を得意とする。2023年5月CTO就任し、現在に至る。

株式会社FiNC Technologies について

── 御社の事業内容を教えて下さい。

弊社、FiNC Technologiesは、一般的にヘルスケア企業として認識されがちですが、「Design your Well-being」をビジョンに掲げています。このビジョンを基に、Well-beingに関わるさまざまな事業を展開しており、具体的には「FiNCアプリ」というスマートフォンアプリを中心に活動しています。ユーザーの日常の健康管理をサポートしています。

事業は大きく三つの柱に分かれています。まず一つ目は、FiNCアプリを中心とした一般消費者向け(toC)の事業です。

二つ目は、このアプリを通じた法人向けの健康経営ソリューションです。最近では「健康経営」という概念が広まり、国も企業に対して従業員の健康管理への投資を推奨しています。私たちは、従業員の健康状態を可視化し、それを改善するためのソリューションを企業に提供しています。

三つ目は、「FiNC DX」と呼ばれる事業です。FiNCアプリを通じて取得したライフログデータ(歩数、食事、体重、睡眠、生理など)を活用し、健康管理ソリューションを提供しています。多くの企業が自社で健康管理システムを構築するのは難しいため、FiNCの健康管理基盤を他の企業のソリューションと組み合わせ、新しいソリューションを生み出しています。このようにして、企業との共同事業を展開しています。

坂井さんのキャリア

──  当時はどんな子供(小学校〜高校)でしたか。

そうですね、勉強はとても得意でしたが、話好きな一面もありました。クラスでは目立つ存在ではありましたが、常にメインストリームにいたわけではなく、少しひな壇的なポジションにいることが多かったように思います。そんな位置づけが多かったですね。

──  実際にいつ頃からエンジニアを目指そうと思ったのですか?

高校までは、正直、エンジニアという仕事があること自体あまり認識していませんでした。全然選択肢に入っていなかったなと思っています。ただ、数学は得意でしたし、情報の授業も少しありました。しかし、あまり勉強せずに遊んでばかりだったので、パソコンを使うのが特に得意というわけでもありませんでした。

大学に入ってから、全く違うフィールドだと感じ、使いこなせるようになりたいとか、自分で作れたら面白いんじゃないかと思うようになりました。情報技術を使いこなすためには理系的な頭の使い方が必要で、これは自分に向いているんじゃないかと興味を持ちました。

── 東京大学に進学されてから、システムや情報工学、エンジニア寄りの勉強に関わっていったのですね。

そうです。実際、20歳ぐらいでFiNCでインターンをしていました。物作りの面白さや、作ったものが人に使われて動く面白さは感じましたが、理論的な面白さや学問的な面白さはあまり感じていませんでした。

大学での勉強では、計数工学科に所属していました。計数工学は応用物理、応用数学、応用情報の三つの分野の融合で、世の中のものをモデリングし、数学や情報の世界で答えを導き、それを現実にフィードバックする学問です。アプリ作りを通して、現実世界の問題をどう解決するか、その解決手法や考え方を深めたいと思い、計数工学を志望しました。

── 大学院に進学された際、一旦FiNCのインターンを離れたのですよね。

そうですね。大学4年でインターンを辞め、大学院に進学してVRを中心に学びました。しかし、VRで食べていくのはまだ難しいと感じていました。大学院の研究室は特殊な環境で、集中できない時期もあり、遅れてきたモラトリアムのような感じで、大学院ではゆっくりと時間を取りたいと思いました。

しかし、卒業して学位を取ることは重要だと思い、しっかり研究して学位を取った上で新しいことをやりたいと考えました。その時に、他の人と違うことをしたいと思いました。東大には課題解決を目指す人が多く、コンサルティング会社に進む人が多いです。私もそうなるかと思いましたが、開発の知識を持ち、ソフトウェア工学を理解しつつ現実の問題を解決できる人は少ないと感じ、それを強みにしようと思いました。

いろいろな開発会社から声をかけてもらいましたが、昔の師匠にあたる当時のCTOから話を聞いたとき、没頭できる環境が必要だと感じました。大学院のときは放浪していましたが、仲間と共に没頭できる環境が欲しかったのです。その当時の上司がその環境を提供してくれそうだったので、入社しました。

株式会社FiNC Technologies 入社

── 実際に入社後、どのようなことに取り組まれたましたか?

最初のプロジェクトは、当時社内で運営していた内製したECショップの開発でした。プロジェクトに取り組み始めた際、コードの品質があまり良くないと感じました。同時に、プロジェクトに投入されている人数とアウトプット、売上を見て、これはおかしいのではないかと思いました。

入社当初は、メンバーとして成長して技術的なリーダーを目指すなど、コードを書くスキルを高めることやインフラ周りの知識を強化することを考えていました。しかし徐々に、価値のあるコードを書くこと、人に役立つコードを書くことが大事だと気づきました。その結果、このプロジェクト自体を全て止めるべきだと考え、先輩たちにその意見を伝えました。

当時の事業部長は「そうは言っても難しい」と取り合ってくれませんでしたが、プロジェクトの解像度が高まるにつれ、事業面での制約が明確になり、大きな体制変更が必要だと感じました。幸運にも、CEOや担当部長の交代が重なり、最終的に外部システムの入れ替えが決まりました。結果として、4ヶ月ほどの開発期間で大規模なリリースを行い、売上をほぼキープしつつ、利益構造を大幅に改善することができました。このプロジェクトは会社が始まって以来の大成功とされ、非常に誇らしかったです。

その後、私は開発チームリーダーとしてtoCのアプリ開発を任されました。アプリは人に使われるものであるため、仕様通りに作るだけでなく、いかに使われるものを作るかが重要です。アジャイルプロセスを構築し、ユーザーのフィードバックを得て開発を進めました。このプロセス改善には、「リーン・スタートアップ(著者:エリック・リース 出版社:日経BP)」という本から多くを学びました。

その後、toCの担当もしつつ、会社が力を入れ始めたDX(デジタルトランスフォーメーション)事業にも関わりました。特にOEMプロジェクトや株主との協業案件で、新しいシステムを作るために外部システムと自社システムを連携させる業務を担当しました。これにより、クライアントワークの経験も積み、コスト管理やクライアントとの調整も学びました。

このように、自社開発と受託開発、共同開発の両面を理解するようになったのが2年目、3年目の成果です。

── 現在の坂井さんの業務内容を教えてください。

そうですね。具体的な割合を計算するのは難しいですが、現在は採用業務ならびにリソース管理にかなりの時間を割いています。正社員採用だけでなく業務委託の方とのマッチングも担当しており、案件が時期によって変わるため、チームメンバーの入れ替えも頻繁に行っています。

中長期の開発計画については、正直、去年就任してからの1年間は長期的なことを考える余裕がなく、短期的な改善に焦点を当てていました。しかし、1年が経過し、会社の状況も変わってきたので、今は2年後、3年後の収益構造の改革や、レガシーシステムの改善に力を入れています。

昔からのシステムを改善するのは非常に大変で、単なる技術的スキルだけでなく、プロダクトや事業の歴史を理解する必要があります。これは非常に高度な作業であり、レベルの高いエンジニアでも簡単にはできません。そのため、私は毎週何千行ものコードを削除する作業を行っています。コードを書くよりも、不要なコードを削除する方が私の主な役割です。

もちろん、新規の外部プロジェクトの見積もりや進捗管理、マネジメントも行っています。直近では、ロート製薬さまとの戦略的パートナーシップのプロジェクトに取り組んでいます。FiNCとロート製薬さまとで共同ビジネスを作り、FiNCのリソースやソリューションを活用して、ロート製薬さまの業務をデジタル化し、データの可視化を進めることで業務改善を図っています。

このプロジェクトでは、私もロート製薬さまの社員と共に業務に取り組んでいます。FiNCの開発だけでなく、FiNCの知見やノウハウを活かしながら、ヘルスケアの大きな文脈で新しい価値を創造するためのプロジェクトに時間を使っています。

── 株式会社FiNC Technologiesの事業の魅力をお聞かせください。

まず、健康に関する事業は非常に重要だと思います。正直、個人的には年齢的にも健康に対する課題意識がそれほど強いわけではありませんでした。しかし、お客様の声を聞いていると、健康に悩んでいる方が多く、それを改善したいという声が非常に大きいことを実感しています。

私たちが作った製品やサービスが実際に顧客に届けられ、価値を提供できていると感じることができます。現在の健康投資の流れは、日本全体の風潮の中で追い風を受けていると感じます。市場的な追い風がどこまで続くかはまだ未知数ですが、健康への投資は間違いなく重要な方向性です。

ESG投資や脱炭素など様々な重要な方向性がありますが、健康への投資も国の大きな課題です。社会保障費の増大や、現役世代の高い社会保険料など、解決すべき課題が山積みです。これらの問題を解決するためには、健康な人々を増やし、働き手を増やすことが必要です。そこに技術が大きな役割を果たせると考えています。

個別の魅力としては、様々な会社との協業が挙げられます。自分たちだけでなく、多くのステークホルダーが考えることを聞きながら進めていくことが非常にチャレンジングで面白いと感じています。もちろん、合意に至るまで何度も交渉するのが必須ですが、それを乗り越えて物事を進めていくのはやりがいがあります。

FiNCでの開発においても、向き合っているのは一つのプロダクトですが、その先には多くの事業や人々がいます。解像度が上がれば上がるほど、やりがいを感じることができると思います。

現在のエンジニア組織について

── 現時点の組織体制や人数を教えて下さい。

組織体制としては、大きな枠組みとして「プロダクト本部」を設けており、その中で主に「企画部門」と「開発部門」に分けています。開発部門は、技術開発部、企画開発部(デザインも含む)、品質管理部といった形で構成されています。

技術開発チームとしては、toB(ビジネス向け)開発チーム、toC(一般消費者向け)開発チーム、DX(デジタルトランスフォーメーション)チームなどに分かれています。それぞれのチームは事業部のメンバーとプロジェクトのメンバーが一緒になって進めています。

プロダクト本部という枠組みでは、これらのチームを横断的に見て管理しています。現在、エンジニアとその関連メンバーを含めて、全体で約20から30人の規模です。チーム数は6から7チームあり、各チームは3から5人で構成されています。

── 現在の開発組織の良い点(特徴や魅力的なところ)と課題点(ここを改善すればもっと良くなるなど)があれば、お聞かせください。

良い点としては、風通しの良さや透明性が挙げられます。組織全体として上下関係があまりなく、やりたいことや提案があれば積極的に取り上げられます。そして、組織として良い動きがあった場合、それを全体に周知する文化があります。

また、ヘルスケアの会社だからかもしれませんが、良い人が多いです。お金を稼ぎたいという理由だけで働く人は少なく、本当に良いものを作りたい、自分を成長させたいというマインドを持った人たちが多いです。そのため、疑いややっかみはほとんどなく、チームとしての結束力が強いです。

開発チームにおいては、ユーザー視点を持っていることが重要です。技術は顧客に価値を届ける手段であり、そのためにスケジュール感や妥当性を考えることができています。チーム全員が理解しやすい設計やコメントをしっかりと書く文化が根付いています。

一方で、課題点としては、性格的におとなしい面があることです。もっと積極的に改善しよう、お金を稼ごう、数字を作ろうという意識を持つことが必要です。また、古いシステムや技術的負債を抱え続けることで、費用がかさんでしまうことも課題です。過去の技術的な制約や設計の問題から学び、同じ問題を繰り返さないようにすることが重要です。

さらに、リソースの使い過ぎやコスト意識の欠如も問題です。例えば、高価な機材を使わないで月に100万円のコストを削減できるなら、そのお金で社員の給料を上げることができるという視点が欠けています。全員が中長期的な視野を持ち、一番良い方法を見つけることが大切です。

── 坂井さんはもともと今の考えを持っていたのですか、それとも役職が上がるにつれてそうなったのでしょうか?

役職が上がってから考えるというよりは、上がる前に次の役職に就いたときに何を考えるべきかを常に考えていました。リーダーのときには、上のマネージャーになったらもっと何をしてほしいかを考え、マネージャーになったらCTOや経営に対してどうすれば良いのかを考えていました。

自分ができることはもちろんやりますが、言われたことをただ最適化するだけではなく、そもそもその指示自体が正しいのかを自分で考える必要があると思っています。本当にこれが正しい方向なのかを常に考えながら行動することが重要です。

その上で、がむしゃらに問題を指摘するだけではなく、事例研究やベストプラクティスの探求を大切にしています。何か問題が起きたときには、過去の類似事例を調べたり、専門家に意見を求めたりして、最善の対応方法を見つけることが重要です。常に知識の引き出しを増やし、状況に応じて適切に対応できるように心掛けています。

今後の目標

やはりCTOとして、経営幹部の一員なので、技術面や開発面においても経営に対して価値を出さなければならないと思っています。具体的には、経営指標である売り上げやコストを改善するための技術投資や開発投資を行っていくことが必要です。

その中でも攻めと守りの両方が必要です。現在のFiNCのアプリや、様々なソリューションは市場に一定受け入れられていますが、まだ課題はあります。もっと使われる、もっと面白い、なくてはならないものにするための技術を投入し、攻めの企画にコミットしたいと考えています。

現在、会社の状況として攻めるための資金もありますが、新しいことだけをやって「やった感」を出すのは簡単です。本当に大事なのは、過去の遺物をしっかり改善し、コストを圧縮し、技術者が働きやすい環境を整えることです。これは投資家に対しては見えにくい部分ですが、当たり前のことを裏でしっかりやることが重要だと思います。

そのため、攻守両面においてしっかりと取り組んでいくことが今後の目標です。特に今後の1年間は、これを重点的に進めたいと思っています。

── グロースウェル社のEQ診断でいうとどのコンピテンシーに当てはまる方と一緒に働きたいですか?もしくは今の開発組織に必要なタイプはどれにあたりますでしょうか?(図の中からお選びください)もちろん、全てのタイプが必要だとは思いますが、お答えください。

結構どのタイプでも合わせ方があるのだなと思いました。よく考えると、私を含め、開発組織の上に立つ人間は、固定された役割よりは、かなり柔軟にその時々で必要とされるポジションを自分で考えて動けるタイプなので、どういったタイプの人が来ても、マッチングしたチームや担当にアサインできると思っています。

ただ、現在、人手が足りない状況なので、ガーディアン指向の人よりは、今のフェーズでは何をすべきか自分で考え動ける人のほうがよりマッチするのではと思います。

── 最後にどのような人と一緒に働きたいか教えてください。

いろいろなタイプの人がいて良いと思いますが、今の開発チームや会社に合うタイプを考えると、やはり課題に対応して、それを面白いと感じる人が求められます。また、人がつい目をつぶって逃げがちな問題に取り組むことを楽しめる人が良いですね。

みんながやりたくないことや、できないことに挑戦するのは簡単にはできません。考え込んで頭をめちゃくちゃ使わないとできませんし、人を動かす必要があります。開発組織だけでなく、ビジネス部門や経営を巻き込んで意思決定を促す必要があります。しかし、これをやり遂げたら、その人は非常に素晴らしいと言えます。だからこそ、逆転の思考を持ち、現在抱えている課題を解決する自信と野心を持っている人が1人でもいると良いですね。

もちろん、こういった特別な人材は多くないと思います。ですが、プロダクト自体を良くしたいという純粋な気持ちを持っている人も大切です。自らの損得ばかりを考えず、本当に純粋にプログラムを良くしたいと思っている人です。

また、FiNCの課題としておとなしい人が多いという点を挙げましたが、執着心を持ってプロダクトを良くしたいと思っている人、総合的に物事を考えられる人、そして新しい技術や面白いアイディアに対する知的好奇心が強い人も求められます。そういった方が、チームにフィットしてくれるのではないかと期待しています。