個人と企業をつなぐ金融プラットフォーム「Funds」を中核に、不動産やベンチャーデット、海外事業へと領域を広げるファンズ株式会社。
創業期から技術と組織の両面で成長を支えてきたのが、取締役CTO・若松慶信氏だ。
「組織のゼロイチ」へのこだわりを起点に、金融サービスとしての“正確さ”を守るAI活用、そして次のフェーズへ向けたCTO交代構想まで。ファンズが“スタンダード”をつくるために、いま何を積み上げているのか。現在地とこれからを聞いた。
若松 慶信 氏|ファンズ株式会社 取締役CTO
京都大学工学部物理工学科卒。ナイル株式会社でエンジニアリングとマネジメントを経験後、ファンズ株式会社の創業時に参画。開発組織の立ち上げからプロダクト開発、組織設計・カルチャーづくりを主導し、2021年11月にCTO就任。
現在は取締役として国内の開発組織統括に加え、海外事業の立ち上げにも携わる。
ファンズ株式会社

事業内容について
── まずは、御社の事業内容から伺ってもよろしいでしょうか。
現在ファンズでは複数の事業を展開していますが、メインは「Funds(ファンズ)」という金融プラットフォームです。
個人がオンライン上で投資先となる企業を選び、資金を拠出し、利子などのリターンを得られる仕組みを提供しています。
企業にとっては銀行融資の代替・補完となる資金調達手段であり、個人にとっては固定利回りで運用できる点が特徴です。
ファンズとしては、このFundsを祖業として2019年頃にローンチしました。以降、不動産領域では「ファンズ不動産」を子会社として展開し、ベンチャーデット領域では「Funds Startups」という別会社で事業を運営しています。
さらに2025年に入ってからはM&Aにも着手しており、金融・不動産を軸に関連領域へと事業の多角化を進めています。
キャリアの原点

── 幼少期について、どんなお子さんでしたか?
あまり活発なタイプではなく、どちらかというと話すのも得意ではない子どもだったと思います。ただ、クリエイティブなことに触れる機会は多少あって、家にレゴがあり、よくそれで遊んでいました。
今のキャリアにつながる出来事で言うと、1998年頃、小学校5年生くらいのときに自宅にパソコンが入ったことが大きいです。そのタイミングでインターネットも使えるようになり、そこから触り始めました。
当時は「ホームページを作れる」ということ自体が新鮮で、自分でサイトを作ったりしていました。それが、今につながる最初の体験だったと思います。
最初は今でいうWebサイトを作るところから始まり、次第に掲示板のような機能を持つものも作るようになりました。当時はブログのようなサービスがまだなく、フリーでソースコードを公開している方がいて、それをダウンロードして設置すると動く、という形でした。
そうしたものをセットアップしたり、少し改修したりしながら使う中で、自然とプログラムに触れる経験をしていました。小学校高学年から中学生にかけては、そうしたことをずっと続けていたと思います。
── 高校時代はいかがでしたか?
理系ではありましたが、高校では開発的なことはほとんどやっていませんでした。一時期あまり興味がなくなっていて、軽音楽部で活動していました。
情報系というよりは、どちらかというと物理に興味があり、その流れで大学では工学部の物理工学系に進学しました。
── なぜ物理に興味を持たれたのでしょうか。
物理は、少数の基本原理からさまざまな現象を演繹的に説明できるところが面白いと感じていました。数学も好きでしたが、理論的に世界を理解していく感覚が、自分にはすごく合っていたのだと思います。
── 大学院にも進学されていますが、その間の活動についても伺えますか。
正直、あまり外向きの活動はしていませんでした。アルバイトも、高校・大学を通じて情報系ではなく、未経験でもできるものを選んでいました。
自分はプログラミング経験がある、と胸を張って言える感じでもなかったので。ただ、アルバイトを通じて改めて開発に触れる機会があり、「プログラミングができるようになりたいな」と思ったのは、その頃だったと思います。
── 大学院に進学された理由についても教えてください。
所属していた分野では大学院に進むのがごく一般的でした。学部卒で就職しようとすると、「なぜ院に行かないの?」と聞かれるような環境だったんです。
専攻は情報系ではなく原子核工学と呼ばれる領域で、加速器と呼ばれる装置を使い荷電粒子を加速させることで発生させる、イオンビームというものの応用に関する研究です。加速器自体は、さまざまな物質の分析のほか、陽子線治療といった医療への応用もなされています。
専攻の中でも厳しい研究室と言われていて、学べることは多かったと思います。ただ、かなりハードだったこともあり、続けていく中で「自分が本当にやりたいことはこれではないな」と感じるようになりました。
その結果、大学院は1年で休学してナイルに就職し、休学の1年後に正式に中退しました。
ナイル入社のきっかけと初期の経験
── そこから、ナイルに入られたきっかけを教えてください。
大学院を中退して就職しようとしたのですが、いわゆる新卒ルートでは、受け入れてもらえる会社は多くありませんでした。
その中で、「こういう条件でも入れる会社で、なおかつ将来性がありそうなところがいいな」と考えて探していました。
当時、ベンチャー企業を特集する Web の媒体があり、そこにナイルが掲載されていたんです。社長の経歴も華やかで、いかにもベンチャー企業という印象があり、今考えれば浅はかな考えなのですが「この会社は有望そうだな」と感じました。
そこで、コーポレートサイトの問い合わせフォームから直接連絡しました。すると社長から「ぜひ一度会いたい」と言っていただき、直接お会いすることになりました。
他にも同じように何社か連絡はしましたが、経験者でないと難しいという会社が多くて。その中で、ナイルは会ったときの雰囲気がとてもウェルカムで、当時まだ少人数だったこともあり、「この会社でやるのはいいかもしれない」と思って入社を決めました。
泥臭い現場と役割の変化
── ナイルには、どのくらい在籍されたのでしょうか。
正確には5年半ほどですね。当時のナイルはSEOを主軸にしていましたが、特別に強いポジションを持っていたわけではなく、いわゆる数ある会社の一つ、という状況でした。
入社して最初の2年くらいは、かなり泥臭い仕事を多くやっていた印象があります。僕が入ったことで、他のエンジニアが別のサービスに注力できるようになり、その流れでアプリメディアを立ち上げる、といった動きもありました。
── エンジニアとして入られて、役職などはあったのでしょうか。
開発主任のような役割を担っていた時期もありましたし、技術フェロー的な立ち位置になっていたこともあります。ただ、どこまでが正式なタイトルかは曖昧でした。
僕が入社して1年ほど経った頃から別事業の立ち上げにほかのエンジニアが専念することになり、既存事業の開発とともにチームマネジメントも行う必要があったので、そうした役割分担の中で、自然とそのような立場になっていった、という感じです。
印象に残っている出会い
── ファンズに入社されるまでのキャリアの中で、特に印象に残っている出来事や出会いはありますか。
ナイルに入って一番大きかったのは、ナイルの代表であった高橋飛翔さんとの出会いです。会社の規模が小さかったこともあり、直接ご一緒する機会が多くありました。
飛翔さんはエンジニアではありませんが、エンジニアを大切にされていて、組織におけるリーダーシップのあり方や、マネジメントにおけるコミュニケーションの取り方を、間近で学ぶことができました。
例えば、ミーティングで準備不足だったり、ビジネスパーソンとして適切な振る舞いができていないと、「若松、ちょっと残って」と声をかけられ、後から直接指導を受けることもありました。緊張感はありましたが、今振り返ると、非常にありがたい経験だったと思います。
それまでの自分は、組織やチームで何かを成し遂げる、という経験がほとんどありませんでした。エンジニアとしても、どこか個人プレーの感覚で仕事をしていたと思います。
ナイルでの経験を通じて、チームとして成果を出すことの重要性や、人をどう動かすか、そのためにどう伝えるべきかといった点を学べたことは、非常に大きかったと感じています。
人づての縁から始まったファンズとの出会い
── ここからファンズの話に移りたいと思います。創業時、人づてで共同創業者の柴田さんとつながったことがきっかけだったと伺いました。
まず、「人づて」という点で言うと、柴田とはそれまで直接の知り合いではなく、存在自体も知りませんでした。
柴田を紹介してくれたのは、スタートアップ界隈でもよく知られているとある投資家の方です。実はその投資家の方も直接の知り合いではなく、大学時代に一緒にバンドをやっていた友人が既にスタートアップを起業していたので、転職について話したところ、彼が紹介してくれた方でした。
その投資家の方は、シリアルアントレナプレナーとそうではない起業家の間には経験に大きな差があると言い、その中でも有力そうな方を何人か紹介してくれたのですが、そのうちの一人が柴田だった、という流れです。
「ゼロイチ」へのこだわり
── なぜそこまでゼロイチに挑戦したいと考えたのでしょうか。
ゼロイチと言っても、プロダクトのゼロイチというよりは、組織としてのゼロイチにチャレンジしたいという気持ちが強かったです。ナイルでも、僕はエンジニア3人目として入り、採用にも関わって、最終的には20人ほどのエンジニア組織になっていました。ただ、ナイルはもともと入社当時から事業も成立していて「自分がゼロから作った組織」という感覚ではありませんでした。
「こうしておけば、もっと良くなったのに」という感覚がずっとあって、それを改めて最初からやり直せるなら、今度はもっと上手くやれるんじゃないか、と思ったんです。一度経験して攻略法がわかっているゲームを、最初からやり直すような感覚に近いかもしれません。
強い開発組織を作ることが、事業成長にも必ずつながる──それを自分自身で証明したいと思っていました。
市場の魅力と、共同創業者との出会い
── 投資家の方経由で複数の紹介があった中で、最終的にファンズを選ばれた理由は何だったのでしょうか。
理由は大きく二つあります。
一つは、当時「ソーシャルレンディング」と呼ばれていたこの領域が、自分にとって未知でありながら、非常に魅力的な市場だと感じたことです。すでに先行サービスはありましたが、それでも十分にチャレンジの余地があると思いました。
もう一つは、柴田陽という人物の存在です。かなりエッジの効いた人で、これまで出会ったことのないタイプでした。
そういう人と一緒に働けること自体が面白そうでしたし、「組織のゼロイチ」に本気で取り組める環境があると感じたことが、最終的な決め手になりました。

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入社初期の取り組みと立ち上げ期の苦労
── 入社後、最初はどのようなことに取り組まれていたのでしょうか。
当初は、僕ともう一人のエンジニアの2名体制でした。入社時点で、いきなり自分たちのプラットフォームを作るのでは、まずは当時ソーシャルレンディングと呼ばれていた融資型クラウドファンディング領域の比較サイトを作る、という方針でした。
比較サイトを通じて投資家側を先に集め、その状態で自分たちのプラットフォームを立ち上げることで、投資家と資金調達をしたい企業の双方を集める。いわゆる「ニワトリと卵」の問題を解消しようとしていました。
比較サイトの開発に取り組んだり、ソーシャルレンディング版のマネーフォワードのようなサービスを作ったりしていました。本丸のサービスを立ち上げるには、金融商品取引業のライセンス取得が必要で、そこに時間がかかるという背景もありました。
── 特に大変だったことは何でしょうか。
やはりサービスの立ち上げです。結果的にFundsは2019年にローンチしていますが、当初は2018年3月頃のローンチを目指すと、2017年末に言われました。
開発期間がほとんどなく、年明け以降は休日も含めて、ひたすら開発を続ける日々でした。この時期は、かなりハードでしたね。
── 一方で、良かった点はありますか。
ゼロイチで、いろいろなことに挑戦できた点です。当時、柴田は複数の事業を並行して進めていて、同じオフィスには他のスタートアップも入っていました。多少雑な部分もありましたが、面白いことを本気でやろうとしている人たちが集まっている環境は、とても刺激的でした。
エンジニアからCTO、取締役へ
── 現在のポジションに至るまでの背景も教えてください。
創業は2016年11月ですが、翌年には金融商品取引業のライセンス取得も念頭においた組織化が必要になりました。当時エンジニアが3名ほどで、プロダクトを開発をこれから進めていくというフェーズでしたが、部長を担ってほしいと打診いただきました。
金融商品取引業のライセンス申請上、形式的な役職が必要だったという事情もあり、開発部門の責任者のような立場に就きました。
当初からエンジニア採用は基本的に僕が担っていて、2019年頃からは、目標設定や評価、開発組織のバリュー策定など、マネジメントやカルチャーづくりにも本格的に関わるようになりました。正式にCTOというタイトルをいただいたのは2021年11月です。
その後、プロダクト領域を管掌する役員が必要となり、執行役員CTOを経て、取締役として参画しています。
技術の枠を超えた関与と「真っ当さ」を貫く事業
── 現在の業務内容と、事業の魅力について教えてください。
現在は、国内の開発組織のマネジメントに加え、2025年から立ち上げている海外事業にも関わっています。海外拠点は開発拠点ではないため、主に管理や事業推進に近い役割です。
Fundsの一番の魅力は、社会に対してきちんと価値を提供し、その上でビジネスとして成立させている点だと思います。
ファンズでは、投資家にとって本当に価値のある商品を提供し、企業には良質な資金調達の機会を提供する。そのうえで、自分たちも収益を得る、という姿勢を大切にしています。
「真っ当なことをやる」という価値観が、会社全体に根付いている。それが、ファンズという事業の大きな魅力だと感じています。
開発組織の現在地
── では、現在の組織についても伺いたいと思います。
ファンズ本体では、「Fundsのマーケットプレイス事業」を担う大きな組織があり、その中に投資家側、企業側、金融機関提携などの部門があります。加えて、コンプライアンス、企業側の与信審査、バックオフィスといった部門もあります。規模感としては本体が80数名、不動産領域が約40名、ベンチャーデット領域は別会社で5名ほどです。
── その中で、プロダクト組織は何名くらいなのでしょうか。
正社員だけで全体で13名ほどです。業務委託の方も含めると20名強くらいになります。
組織再編と「CTO室」
── 組織は大きく「プラットフォーム開発部」「コーポレートIT部」「CTO室」という形だと伺っています。
はい。今年組織再編を行い、一旦その形にしています。2024年までは「プロダクト開発本部」という一つの部署でしたが、2025年6月に細分化しました。背景には海外事業への関与があり、国内組織に100%関与できなくなる分、権限委譲を進める狙いがあります。法人を設立したのが6月で、現地に移ったのは9月頃です。
組織の設計にあたっては、「ポジションがあるから誰かを置く」のではなく、担える人に任せることを大事にしています。マネージャーに適した人が就かないと、下のメンバーが苦労してしまう。スタートアップにおいては、現実的な組織設計は必ずしも綺麗にいくものではなく、その時々で所属している人に応じて設計していくようなものではないかと思っています。
例えば、 QA 組織については QA 組織を任せられるマネージャーがいないため、僕自身が直轄する組織として「CTO室」を設置し、その中で直接 QA の組織を管掌しています。本来的には QA 組織を統括できるマネージャーがいることが望ましいと考えているので、いずれは適切な方に組織を率いていただきたいと考えています。
AI活用と組織カルチャー
── AI活用についてはいかがでしょうか。
業務改善は開発組織に限らず社内のさまざまな場面で活用しています。課題は、コストや情報セキュリティをどう担保するかで、コーポレートITと連携しながらポリシーを議論しつつ展開しています。
開発では、たとえばClaude Codeのようなツールも含めて利用できる環境は整えていますが、現時点で強制はしていません。組織全体を一気にAI前提へ切り替えるのはリスクもあるため、まずは小さく実験する形を取っています。「正確さ」を守れる形で、使いどころを増やしていくイメージです。
プロダクトへの組み込みは、現状では明確に「組み入れている」という形ではありません。金融サービスである以上、顧客に提供するアウトプットは正確である必要があり、誤った情報による勧誘は絶対に避けなければならないからです。ただし、企業の与信審査のように、一次評価をAIで行い、その後に人がチェックする、といったガードレールのある形での活用は行っています。
── 開発組織の強みと課題も伺いたいです。
開発組織のバリューを定義し、それに即した形で運営されていることだと思います。バリューは4つで、「事業成長のためにやる」「持続可能なやり方を採用する」「誇りなきものを作らない」「自律的チームであれ」です。特に「持続可能なやり方を採用する」は浸透していて、基本的にチームで進め、ドキュメントを残し、必要なリファクタリングを計画的に行う、といったことが回っています。もう一つの特徴は、「いい人が多い」ことです。気遣いのあるコミュニケーションが標準になっていて、いわゆるブリリアントジャークのような人がいない。これは大きいと思います。
一方でその裏返しとして、組織が大きくなる中で意思決定や推進のスピードは以前よりも時間を要している感覚があります。丁寧に合意を取りに行く文化がある分、準備が十分でなくても次の山を攻める局面では迅速に意思決定して進められるようにするなど、局面に応じた緩急がつけられるようにしたいと考えています。
── 採用でも意識的にフィルターをかけているのでしょうか。
かなり意識しています。誰か1人でもNGを出した場合、基本的には採用しない方針にしています。その上で、コミュニケーション面も含めて「チームにいて違和感がない」と思える人を採用しています。
今後の展望
── 今後の目標から伺いたいと思っています。
会社として、事業としての目標でいうと、先日ちょうど半期の全社イベントがありました。現在ファンズでは、事業の多角化を進めています。海外事業の立ち上げに加えて、国内では金融教育の会社をM&Aさせていただいたところです。
こうした取り組みを踏まえると、これから先も事業展開はまだまだ広がる可能性があると感じています。フィンテックのサービスを提供する総合的な企業として、社会の中でスタンダードになり得るものをつくっていく。そのためのポジションを目指せる場所に、いま自分たちはいるのではないか、という感覚があります。
一方で、それを実現するためのインフラ──これはシステムだけでなく、組織としてのケイパビリティも含めてですが──は、まだ十分とは言えません。だからこそ、そうした土台をしっかり築いていき、事業としても、会社としても、一部の人だけが知っている存在ではなく、より多くの人に知られる存在にしていきたいと思っています。
一緒に働きたい人物像
── 改めて、どのような方と一緒に働きたいか、ポジションも含めて伺えますか。
もちろん「いい人と働きたい」というのは大前提としてあります。その上で、もう一つ挙げるなら、「今の組織にない価値観を持ち込んでいただける人」と働きたいという気持ちがあります。
これまでファンズの中になかった価値観や考え方、経験を持っている人と一緒に働けると、組織として新しいものを取り込むことができます。それは、組織を飛躍させる上で非常に重要なファクターだと思っています。
ファンズのバリューの一つに「Think Leverage」があります。小さな力で大きなものを動かす、という考え方です。そうした経験や視点を持つ方と働けることは、我々にとって大きな魅力ですし、ファンズ自体も、さまざまな分野の専門家が集まりつつある会社なので、挑戦の機会が多い環境だと思っています。ぜひ、そういう方と一緒に働きたいですね。
CTOのバトンを託せる人へ
── ポジションの話でいうと、いかがでしょうか。
僕自身はいまCTOという立場ですが、実は後任のCTOを担っていただける方、あるいはVPoEを担っていただける方を求めています。ポジション自体も開けていて、採用サイトにも公開しています。
現在は海外事業にも関わっている中で、当面は日本の技術組織にも責任を持って向き合う必要があります。ただ、長期的に見ると日本の開発・技術組織でやるべきことも多いですし、海外についても立ち上げメンバーの一人としてコミットしていく必要があります。二足のわらじを履き続けると、どちらも中途半端になってしまう、という感覚があります。だからこそ、もしCTOとして技術組織を率いてくれる方がいるなら、ぜひその役割を任せたいと思っています。
もう一つ理由があります。僕は創業のタイミングから関わっていて、いま10年目に入っています。これまでずっと技術の領域を見てきましたが、得意なのはゼロイチや1→10くらいのフェーズです。一方で、上場後に数十人、あるいは100人以上の規模の組織を率いる経験はありませんし、金融機関での実務経験があるわけでもありません。ファンズがこの先、国民的なサービス、国民的な会社になっていくのであれば、より適した経験値を持つ方のほうが組織をさらに伸ばしていけるはずです。
要件としては難しいとは思いますが、こちらとしても「この人なら任せられる」と思える方でなければ、簡単にバトンは渡せません。それでも、もしそういう方と出会えるなら──次のフェーズを一緒につくっていきたい。そう思っています。



