計画業務は、どの産業でも複雑で、属人化しやすい。
ALGO ARTISは最適化技術を武器に、その“当たり前”を更新しようとしている。
2025年3月にCPO/VPoEとして参画した半田豊和氏に、なぜ今 ALGO ARTIS なのか、そして「計画業務の未来は、我々が作る」に込めた事業と組織の変革の設計図を聞いた。
半田 豊和氏|株式会社 ALGO ARTIS CPO/VPoE
神奈川県出身。立教大学経済学部卒。SIerで金融機関向け大規模開発を経験後、自然言語処理・検索技術を軸とした事業立ち上げに参画。DeNAではデータ・機械学習領域を基盤に新規事業を推進し、タクシー配車事業(後の「GO」)立ち上げにPdMとして関与。ClipLineを経て2025年3月に ALGO ARTIS(アルゴ・アーティス)へ参画。最適化技術の社会実装と、自立・学習する組織づくりを推進している。
株式会社 ALGO ARTIS

事業内容──社会基盤を最適化するための技術と実装
── まずは、御社の事業内容から伺ってもよろしいでしょうか。
弊社は「社会基盤の最適化」をビジョンに掲げています。中核となる強みは、複雑な組み合わせ問題を高速かつ最適に解く技術です。いわゆる「ヒューリスティック最適化」と呼ばれる領域で、非常に高い専門性を持っています。
この技術を武器に、社会を支える産業やインフラの仕組みを、より良い形へアップデートしていく。それが私たちのミッションです。
たとえばエネルギー分野では、発電所における燃料輸送や燃焼タイミングの計画が、非常に複雑な最適化問題になります。交通インフラでは、バスや鉄道のダイヤをどう設計し、維持するか。製造業では、「何を・どれくらい・いつ作るか」、原材料をどう調達するかといった生産計画が重要になります。
いずれも、社会基盤そのものを支えるテーマです。
こうした課題を改善できれば、生産性の向上に加え、CO₂排出量の削減など、環境負荷を目的変数に据えた最適化も可能になります。私たちは、その社会実装に向けてAIを活用したソリューションの開発・提供を進めています。
キャリアの原点──学生時代に育まれた興味と揺らぎ

── 学生時代は、どのように過ごされていたのか、簡単に教えていただけますか。
神奈川県の厚木市で生まれ育ちました。実家は兼業農家で、米作りをしながらラーメン屋も営んでいて、幼少期は畑や田んぼの手伝いが身近にある環境でした。
小学生の頃はゲームが好きで、将来はゲームクリエイターになりたいと思っていました。『ファイナルファンタジー』や『ドラゴンクエスト』を作りたいな、と。世代的には『スラムダンク』世代なので、バスケットボールにも熱中していましたね。
子どもの頃は比較的真面目で、小中学校では生徒会長を務めたり、バスケ部のキャプテンを任されたりと、役割をきちんと果たすタイプでした。その流れで進学校に進んだのですが、小中時代の反動なのか、高校では一転して少し道を外してしまって。
学力的には下のほうで、バイクをいじって過ごす日々。改造したバイクで遠くまで走りに行き、そのためにアルバイトをする。今振り返ると、かなり反動が出ていた高校生活だったと思います。
── 今のお仕事につながる、プログラミングや技術への関心はいつ頃からだったのでしょうか。
大学に入ってからですね。立教大学の経済学部に進学しましたが、明確な志があったわけではなく、「入れる中で楽しそうなところ」という感覚でした。「立教、かっこいいじゃん」くらいのノリです。
大学では、映像や映画、出版といった分野に興味を持ち、建築も含めてサブカルチャー的なものに惹かれていました。就職活動でも、出版社や映画配給会社を本命に考えていましたね。
一方で、経済学部ではマーケティングに関心を持ち、関連するゼミに所属していました。当時、アメリカではインターネットによる産業構造の変化が進み、EコマースやAmazonが台頭してきていました。日本はまだ過渡期でしたが、こうした変化はいずれ日本にも来るだろうと感じていて、マーケティングやビジネスのあり方がどう変わるのかには強い関心がありました。
就職活動では、本命の出版社や映画業界に加え、サブとしてITに関わる道も考え、SIerを受けていました。その結果、シーエーシー(CAC)というSIerに入社することになります。この時点では、強い意志を持ってプログラミングに打ち込んでいたわけでも、コンピューターサイエンスに深く惹かれていたわけでもありませんでした。
── 出版社などでのインターン経験はあったのでしょうか。
インターンはしていませんでした。ただ、ゼミ活動の一環で、ベンチャー企業の経営者を招いて話を聞いたり、ワークショップを行ったりする機会はありました。マーケティングやビジネスの変化の兆しを感じ、「面白そうだな」と思っていましたね。
それでも心の中では、「マガジンハウスで『BRUTUS』の編集をやりたい」とか、「東北新社で映画の配給をやりたい」といった思いが強く、本命はそちらでした。
── 結果としてはいかがでしたか。
就職氷河期でもあり、かなり狭き門でした。最終的には、現実的な選択としてSIerに進むことになります。
SIerでの原体験と、研究開発・スピンオフベンチャーへの挑戦
── 2003年に入社されていますが、実際に入社されてからはいかがでしたか。
最初は金融系、具体的には銀行向けのシステム開発に携わりました。元請け案件だったので、実装というよりも、協力会社をマネジメントしながら要件定義を行い、銀行の担当者と調整を進めていく、いわゆるベンダーマネジメントが中心でした。
プロジェクト規模も非常に大きく、何百人月、何千人月、金額にすると何十億円規模です。「世の中のシステム基盤はこうやって作られているんだな」という社会的意義は、強く感じていました。
ただ、正直なところ、当時は面白く感じられなかった。
自分で考えてものづくりをしている感覚、アイデアやテクノロジーを使って何かを生み出していきたいという個人としての志向性に気づいていきました。とはいえ、その時点ですぐに転職を考えたわけではありません。社内での役割の中で、自分がより価値を出せる場所はないかと考え、社内異動という形で研究開発部に移ることになります。
研究開発部では、自然言語処理の研究を行いながら、検索エンジンやその周辺技術の研究開発に取り組みました。
── そこから、研究開発や事業づくりへと軸足が移っていったのは、どんなきっかけだったのでしょうか。
研究を進めていく中で、「このテクノロジーをコアにして、新しい事業ができるのではないか」という議論が徐々に盛り上がっていきました。ただ、SIerの既存事業とのシナジーは正直あまりなく、最終的にはスピンオフベンチャーという形で事業化する判断になります。
20代のキャリアにおいては、ここが最も大きなハイライトだったと思います。自然言語処理をベースに、検索エンジンやレコメンドエンジン、マッチング・解析技術を活かしたマーケティングツールを作ったり、メディアを立ち上げたり、SaaS的なプロダクトを試したりと、本当にさまざまな挑戦をしました。最終的には、アドテク領域への応用にも取り組んでいます。
エグジットを目指して事業を進め、とある企業にM&Aされる寸前までいきましたが、さまざまな事業があり、成立には至りませんでした。29歳のときに、一度「夢が破れる」という経験をしています。
この20代で得た学びは、大きく二つあります。
一つは、自分たちのテクノロジーで新しい事業を作り、それを世に問うていくことの興奮と面白さを、確かな手応えとして感じられたこと。
もう一つは、事業づくりの現場のリアルさでした。5人ほどで始まり、20人規模まで成長する中で、フロントエンド、バックエンド、インフラ、企画、研究開発、さらには営業まで、様々な役割を経験しながら、事業を総合的に作っていくことの難しさと同時に、その面白さを強く実感しました。
一方で、アーリーステージのベンチャーならではの不安定さも常にありました。生き残るために受託開発で売上を立て、その資金を自社プロダクトに投資する。その繰り返しの中で、苦しさも多く経験しました。
そうした経験を経て、20代を終える。それが、私にとって最初のキャリアの一区切りだったと思います。
DeNAへの転身──メガベンチャーでの挑戦と事業づくりの深化
── その後、DeNAに転職された経緯を教えてください。
29歳のとき、スタートアップでの挑戦はすごく面白い一方で、アーリーステージならではの厳しさも身をもって感じていました。
いろいろ考える中で、「基盤の整った環境で新規事業に挑戦するのは、実は一番“おいしいところ”なのではないか」と思うようになり、メガベンチャーであるDeNAを選びました。
DeNAに行くきっかけになったのは、現在タイミーでCTOを務めている山口 徹さん(以降、山口さん)の存在です。エンジニアリングだけでなく、「どう組織を作るか」「事業にどうインパクトを与えるか」を語る姿がとても印象的で、「この人がいるなら行ってみたい」と思いました。
なお、山口さんには現在、ALGO ARTIS の技術顧問も務めていただいています。
── DeNAに入社されてからはいかがでしたか。
スタートアップ時代は、一人で何役も担う環境でしたが、DeNAには各分野に高い専門性を持つ人が揃っており、分業が徹底されていました。
最初は分析基盤を支える基盤エンジニアとして入り、その後はデータアナリスト、機械学習、さらにはPdM的な役割へと、徐々にキャリアが広がっていきました。データ活用を軸に、PM・PdMも担うようになった、というのがDeNAでのキャリアの積み方です。
その間、ゲームプラットフォーム、モバイルゲーム、音楽配信、コミュニケーションサービス、漫画アプリ、ソーシャルライブなど、多様な新規事業や事業支援に関わりました。
中でも特に印象に残っているのが、現在「GO」として知られているタクシー配車アプリの立ち上げです。
当初は神奈川で「タクベル」としてスタートし、「MOV」を経て現在の形に至っています。数人規模の初期フェーズから関われたのは、非常に貴重な経験でした。
最初は、移動需要を機械学習で予測するという技術起点の発想でしたが、調べていく中で、タクシー業界は課題が大きく、かつ変革の余地が非常に大きい産業だと分かってきました。
PdM的な立場で現場に入り込み、機械学習モデルをどうプロダクトに組み込むかを考え続けました。営業中のタクシーに同乗し、乗務員の仕事を一日中観察するなど、現場理解を徹底しました。
この経験を通じて、リアル産業にテクノロジーで価値を出す面白さを、強く実感しました。
その後、この事業はジャパンタクシーとのジョイントでスピンアウトしていきます。私はDeNAに残りましたが、この経験を通じて、データ基盤や機械学習はあくまで手段であり、「どう良いプロダクトや事業を作るか」が本質だと、より強く意識するようになりました。
その考えを個人に留めるのではなく、組織の力として広げていくために、DeNAの中で新たな組織も立ち上げています。
ClipLineへの転職──サービス業DXへの問題意識と新たな挑戦
── なぜ、ClipLineを選ばれたのでしょうか。
サービス業は、日本においてサービスの質や品質という意味では、世界に誇れる産業だと思っています。一方で、生産性や働き方という観点では、まだまだ改善の余地が大きい。
デジタルの力でエンパワーできる余白が非常に大きく、DXの対象として極めて重要な領域だと感じていました。
ClipLineは、BtoB向けにナレッジマネジメントや従業員教育を支援するSaaSを提供しており、まさにその課題に正面から取り組んでいる点に強く惹かれました。
現場に蓄積されている暗黙知やノウハウを可視化し、組織全体で再現可能な形にしていく。その思想自体が、サービス業の生産性向上に直結していると感じたんです。もう一つの理由は、既存のナレッジマネジメントSaaSに、データ分析やデータ活用を掛け合わせることで、さらに良い事業にできるのではないかと考えたことです。
その融合を、企画だけでなく実装まで含めて自分自身で推進したい。そう思い、ClipLineにジョインしました。
── 入社されてからはいかがでしたか。
新規プロダクトの立ち上げをミッションとして入社しましたが、実際にはまず、既存の開発部門を安定的にマネジメントする必要がありました。結果として、開発部長として既存プロダクトの開発マネジメントも担うことになります。同時に、チーフデータオフィサーとして、データ領域を軸にした新規事業・新規プロダクトの立ち上げにも取り組みました。
既存事業の安定化と、新たな価値創出の両立に向き合う。いわば、二足のわらじを履く形での挑戦でした。
キャリアを振り返って──意味ある価値を生み出すという志向
── ここで、ALGO ARTIS に入るまでのキャリアを振り返って、特に印象に残っている出来事や出会いがあれば教えてください。
一番印象的なのは、20代の頃に、自分たちのテクノロジーを軸にスピンオフベンチャーを立ち上げ、試行錯誤を重ねた経験です。本当に、かけがえのない体験だったと思っています。
自分たちの技術で事業をつくり、それを世に問う。その面白さと難しさを、身をもって知ることができました。
20代の終わりには山口さんと出会い、DeNAにチャレンジしようと決めました。その中でも、タクシー配車事業に関わった経験は、特に大きな転機だったと思います。
20代は、テクノロジーの力で事業を生み出したいという思いと、自己成長への欲求が強く、とにかくがむしゃらに頑張っていました。DeNAに入ってからの30代前半もその延長線上で、「どうすれば専門性を高められるか」「どう成果を出すか」に強くこだわっていました。
ただ、30代中盤以降になると、自分が成果を出すこと以上に、成果が生まれる“仕組み”をどう作るか、世の中にとって意味のあることをどう実現するか、という視点を意識するようになったんです。
その大きな契機が、タクシー配車事業でした。リアル産業にテクノロジーを適用することで、人の働き方や提供できる価値が変わり、その結果がきちんと消費者に届く。その変化を自分の手で生み出せたことで、「自分はこういう仕事をしていきたいんだ」という感覚が、はっきりしました。
だからこそ、40代になったタイミングで、もう一度スタートアップに身を置きたいと思うようになりました。文脈は違っても構わない。意味のある事業を、自分たちの手で育て、作り出していく。その挑戦を、もう一度やりたい。そう考えるようになったのだと思います。
ALGO ARTIS への参画──再び交差した意思と、意思決定の背景
── ここから、ALGO ARTIS に参画される経緯について伺いたいと思います。古巣に戻る、という感覚もあったのではないかと思いますが、改めて教えていただけますか。
DeNAを辞める直前に、同い年で仲の良かった、今の代表である永田に「DeNAを辞めようと思っている」と話しました。すると彼も「俺も辞めるよ」と言っていて。
僕は転職という形でしたが、永田は自分が担当していた事業をスピンオフするという、大きな決断をしようとしていました。
同じタイミングで、それぞれの形でDeNAを離れ、新しいスタートアップや事業に挑戦しようとしている。その状況に、強いシンパシーを感じました。その後も連絡を取り合い、関係は続いていました。
当時の僕自身は、ClipLineでのチャレンジに集中していたので、すぐにALGO ARTIS への参画を考えていたわけではありません。ただ、永田からは定期的に声をかけてもらい、折に触れて話をする機会はありました。
DeNA時代に前身となる事業を見ていたこともあり、ALGO ARTISが非常にユニークな技術を持っていることは理解していました。一方で、当時はAI受託開発に近い印象もあり、スケーラビリティについては正直な疑問も持っていました。
売上を10倍にしようとすれば、組織も10倍になる。その構造で、本当に大きな事業を作れるのか、という点です。
ただ、永田に誘われて社員メンバーと話す機会を持つ中で、その印象は大きく変わりました。
実際に話してみると、見えてくる可能性や描ける未来が非常に大きく、「こここそ、テクノロジーの力で世の中にとって意味のあることを成していくのに、ふさわしい場所なんじゃないか」と強く感じるようになったんです。
そうして、ALGO ARTISへの参画を決めました。それが、2025年3月のことです。

入社直後の役割とキャッチアップ期間
── 実際に入社された当初は、CPOという立場だったのでしょうか。
いえ、最初はPdMとして入りました。ALGO ARTISには複数の事業領域がありますが、その中でも、製造業向けにプロダクトとしてものづくりをしている領域があり、そこのPdMとして参画しました。
── 入社後、3月の時点ではどのようなことをされていたのでしょうか。
まずは、計画領域でお客様にどのような価値を提供しているのかを正しく理解するために、プロダクトのデリバリーに関わらせてほしいとお願いしました。いわば、カスタマーサクセスに近い役割ですね。
実際にプロジェクトに入りながら、「どのように価値を出しているのか」「現場では何が起きているのか」を観察し、プロダクトにキャッチアップしていきました。
同時に、他のプロジェクトについてもメンバーから話を聞いたり、成果物を見せてもらったりしながら、会社全体としてどんな事業をやっていて、どんな人がいて、どんなアセットがあるのかを把握することに時間を使っていました。
── 代表の永田さんから、明確なミッションは与えられていたのでしょうか。
永田から言われていたのは、「ALGO ARTIS にとって、今何が必要なのかを考えてほしい」ということでした。かなり抽象的でしたね。なので、自分のPdMとしての役割を進めながら、会社全体を俯瞰して理解することを、意識的にやっていました。
CPO就任へ──組織と事業の可能性を見据えて
── その延長線上で、CPOになられたという流れでしょうか。
そうですね。入社してすぐに感じたのは、「本当に面白くて、優秀なメンバーが集まっている」ということでした。当時は70人ほどの組織でしたが、これだけの人材をよく集めたな、というのが率直な印象です。
同時に、このメンバー構成であれば、もっと違った事業の展開の仕方や、成長のさせ方があるのではないかとも感じました。
そこから、事業やプロダクト全体をどう設計し、どう伸ばしていくかを考える役割を担うようになり、CPOという立場に至りました。
参画後に直面した課題──組織の可能性と変革への手応え
── 参画当初、可能性を感じた一方で、苦労された点はありましたか。
3月の段階では、「苦労」というよりも、新しい発見や喜びのほうが大きかったですね。ただ一方で、「これだけのリソースやアセットがあるなら、もっとこうした方がいいのでは」と感じることも多くありました。
そこで3月の後半には、キーマンとなるリーダー陣や経営陣に対して、自分なりの考えや提案を整理して伝えていくことを始めました。
── 当時、その役割に近いポジションの方はいらっしゃったのでしょうか。
いませんでした。当時の ALGO ARTIS は、職能ごとに組織が分かれていて、案件を獲得するとリソースプールから人を集めてプロジェクトチームを作り、終われば解散する、という形で事業が回っていました。
ただ、このやり方だと、案件ごとに得られた知見が組織として蓄積されにくく、どうしても属人的になりやすい。
4年間の実績の中で、得意領域や強みも見えてきていたので、インダストリーごとに特化し、アセットを再利用しながら戦った方が、事業効率も高まり、プロダクトとしても拡張できると考えました。
そうした考えをまとめ、「この方向で事業や組織を変えていきましょう」と投げかけ始めたのが、3月の終わり頃です。
組織変革の実行──対話を重ねながら進めたプロセス
── それを実行に移す過程は、大変だったのではないでしょうか。
そうですね。多くの人とディスカッションを重ねながら、プランの骨子を固めていきました。
最終的に「やってみよう」という話になり、試用期間を経て、6月にはエンジニアリング組織全体を統括する立場になりました。
アルゴリズム領域の職能組織も含めて統括しましたが、目的はエンジニアを管理することではありません。
事業のあり方や、知見の貯め方、戦い方そのものを変える必要があると考えていたからです。
6月、7月には全社の中期ビジョン策定にも取り組みました。これは正直かなり大変でしたが、そのプロセスを通じて、ALGO ARTIS がやっていることの意味が、自分の中でも深く腹落ちしていきました。
コミュニケーションで最も意識したこと
── その中で、コミュニケーション面で特に意識されたことはありますか。
一番気になっていたのは、短期間で推進役の立場になったことで、メンバーから「パラシュート人事」に見える可能性があったことです。
僕自身はアルゴリズムの専門家ではありませんし、社内には卓越した専門性を持つメンバーが揃っています。
だからこそ、「今ある素晴らしいスペシャリティを、どうすればもっと良い戦い方につなげられるか」という一点に軸を置き、その考えはブレずに伝え続けました。
同時に、現場で価値を生み出している一人ひとりの視点は、必ず自分の中に取り込み、理解することを大切にしていました。
そのため、時間が許す限り全員と話し、納得いくまで対話する。そこには、かなりの時間とエネルギーを使いましたね。
現在地とこれから──自走する組織へ
── 現在の状況についても教えてください。12月時点では、どのような状態でしょうか。
7月に、事業と組織をどう変えていくかという変革の方向性を打ち出しました。8月には「どのような組織編成にしていくか」を共有し、そのうえで各インダストリーのメンバーに対して、「エネルギー領域では何をやるのか」「製造業ではどう戦うのか」と、戦略を考えてほしいとボールを渡しました。
正直、組織変更と同時に戦略を問うというのはなかなか無茶な問いかけだったと思います。ただ、メンバーは非常に真剣に向き合ってくれて、8月から9月にかけて、インダストリーごとの戦略が練られていきました。9月末には、こちらが想像していた以上にワクワクする内容が揃ってきた、という手応えがあります。
僕自身の役割は、大きなビジョンと方向性を示し、必要な組織変更を行ったうえで、その先の具体化はメンバーに委ねることです。10月には、それらの戦略を実行に移すため、エンジニアだけでなく、ビジネスやコンサルのメンバーも含めてOKRを設定し、短期のアクションプランに落とし込むプロセスを進めました。
現在は、それぞれの戦略がどう実行され、どう成果につながっていくかを支援しながら、次のフェーズを見据えています。
次の大きなテーマは「採用」です。
組織を拡大していく必要はありますが、今いるメンバーの質や熱量、価値観が薄まってしまっては意味がありません。
今の良さを保ちながらどう組織を広げるか。そのために、人事制度や中間マネジメント、学習サイクルといった、組織の仕組みづくりが次の課題だと考えています。
現在の肩書きは、CPO兼VPoEです。
CPOとしては、各インダストリーの戦略が全社ビジョンとどう整合しているか、リソースをどう配分するかを、ポートフォリオの視点で考える役割。
VPoEとしては、それを支える組織や制度をどう設計し、どう運用していくかを担っています。体感としては、ちょうど半々くらいですね。
事業の魅力──「計画業務の未来は、我々がつくる」
── 事業の魅力について、改めて伺ってもよろしいですか。
中期ビジョンで掲げているのは、「計画業務の未来は我々が作る」ということです。
計画業務は、どのインダストリーでもとにかく難しい。複雑で重要であるにもかかわらず、「これが正解だ」と言える仕組みが、世の中に確立されているわけではありません。
その、まだ答えが定まっていない問題を、どう解くかを具体化していく。そのプロセス自体が、すごく面白いと感じています。
さらに、それを事業としてスケールできれば、社会の大きな基盤そのものを変えていくことにつながる。まさに「社会基盤の最適化」だと思っています。そして、この挑戦は、僕らにしかできないとも感じています。
最適化技術というコア技術を軸に、社会に対して大きな価値をダイレクトに届けられる。そのユニークさは、ALGO ARTISならではだと思いますね。
組織体制──インダストリー別のバリューストリームと横断チーム
── 組織についても伺いたいです。現在は変えていっている段階だと思いますが、どのような体制なのでしょうか。
僕が見ているのは「エンジニアリング・ディビジョン」で、エンジニア、PdM、デザイナーなど、ものづくり系の職種が集まる組織です。
大きな考え方としては、まずお客様に向き合って価値を生み出すバリューストリームを、インダストリーごとに編成しています。
現在は、エネルギー領域、運輸領域(バス・鉄道含む)、製造業領域の3つのインダストリー別チームがあります。
それぞれのチームは、アルゴリズムが得意なエンジニア、フロントエンドが得意なエンジニアなど、職能ミックスで構成されています。特定の専門性に閉じず、インダストリーごとに価値を出し切ることを意識した編成です。
一方で、それらを横断して支える組織もあります。
共通のナレッジ循環や採用など、リソース・ナレッジの拡充を担う横断支援チームと、共通のバックエンドや基盤を整えるプラットフォームチームです。これらが、各インダストリーチームを下支えしています。
さらに、研究開発のチームやコーポレートITも含めて、ものづくりの組織全体が構成されています。人数としては全体で50人強。インダストリーチームがそれぞれ10人前後、横断支援やプラットフォーム側が10人強という構成です。また、PdMとデザイナーを集めたチームも別途作っています。
本来であればインダストリーチームに組み込む形も考えられますが、現時点では特にデザインとプロダクトマネジメントの強化を意図して、知見を集約する形にしています。
── 今後、融合されていく可能性もありますか。
可能性としては、十分にあると思っています。
組織の強みと課題──個の強さを「学習する組織」へ
── 組織の良さや強み、そして課題についても教えてください。
組織や人の魅力で言うと、一人ひとりが自分のプロフェッショナリティを磨くことに、とても貪欲な点です。競技プログラミングのバックグラウンドを持つメンバーが多く、あれはまさに「自分との闘い」。突き詰め続ける姿勢を持った人が多く、アスリート的な思考で仕事に向き合っています。その姿勢が文化として根付いていて、お互いを自然にリスペクトし合い、「こいつはすごい」と認め合う空気がある。
これは、ALGO ARTISの非常に良いところだと思います。
── 一方で、課題はいかがでしょうか。
課題は、個々の強さを、組織としての強さにどう定着させていくかという点です。
僕が目指しているのは、事業価値やプロダクト仮説の検証が個人任せではなく、組織としてサイクルで回る状態、いわゆる「学習する組織」です。今の段階でも、個々の素養やマインドの中には、その芽は確実にあります。あとは、それを組織的にどう回していくか。
仮説を立て、検証し、学びを次に活かす。そのサイクルが、自然に“そこかしこで回っている”状態を作りたいと考えています。
今後、組織が拡大していく中では、マネジメントやリーダーシップのあり方も重要になります。ただ、強力なマネージャーが一人いる、という形を目指しているわけではありません。
考えているのは「シェアドリーダーシップ」です。それぞれが得意領域でオーナーシップを持ち、リーダーシップを発揮し、相互に引っ張り合う。そうした文化が根付けば、個が強い ALGO ARTIS のポテンシャルを、最も引き出せる組織になると思っています。
だからこそ、その形を最大限追求していきたい。今は、そう考えています。
今後の目標──事業と組織、その両方をつくる
── 改めて、今後の目標を教えてください。
いまやりたいことは、とてもシンプルで、「計画業務の未来を我々が作る」ということを、きちんと実現することです。それは実現できると本気で思っていますし、だからこそ取り組んでいます。
ただ、それを“実現する”ことだけがゴールではありません。その過程の中で、最高の組織を作りたいという思いも、同じくらい強くあります。
テクノロジーを使って世の中を変えていくことは、僕自身の根源的なモチベーションですし、ALGO ARTIS が掲げる「社会基盤の最適化」という志向とも、大きく重なっています。
同時に、それをどんな組織で、どんなチームで、どんな想いを持った人たちが実現するのかという点にも、今は強い関心があります。
自立して動く組織であり、個々がリーダーシップを持って力を発揮し、協力し合える組織。そうしたチームが、社会的なビジョンの実現を担っていく。
「事業として世の中を変えること」と、「その過程でどういう組織を作るか」。
この二つが重なるところこそが、今、自分が目指している場所なんだと思っています。どちらも同じくらい大事で、どちらもやりたくて、この仕事をしています。
採用について──「How」ではなく「Why」に共感できる人と
── その目標を実現するために、どのような方と一緒に働きたいですか。
僕らは、アルゴリズムや最適化技術といったテクノロジーに強い自負を持っています。ただ同時に、それはあくまでHowであって、目的そのものではないとも思っています。
自分の能力を磨くことは大前提として大切ですが、それ自体を目的にするのではなく、「一緒に世の中を変えたい」「意味のある仕事をしたい」そうした価値観に共感してくれる人と、ぜひ一緒にやりたい。
ALGO ARTIS は「アルゴリズムエンジニアを求めている会社」というイメージを持たれがちですが、実はその領域は、すでに非常に強いメンバーが揃っています。
一方で、ものづくりはアルゴリズムだけでは成立しません。フロントエンド、バックエンド、プロダクトマネジメント、デザインなど、さまざまな職種や強みが組み合わさって、初めて良いプロダクトが生まれます。
だからこそ、アルゴリズムエンジニアでない方にも、ぜひ ALGO ARTIS に興味を持ってほしい。いろんなバックグラウンドの人たちが力を持ち寄り、意味のあるプロダクトと事業を作っていく。
そんなチームを、これからも作っていきたいと思っています。



