AIを使えば、誰でもアプリケーションを作れる時代になった。一方で、それを安全かつ安定したプロダクトとして企業へ提供するには、セキュリティや権限管理、監査ログなど、いくつもの壁が立ちはだかる。企業がAIを使いやすくする業務基盤を提供するVALANCEでCTOを務めるリンドン・クレイグ氏は、AIにすべてを委ねるのではなく、プロダクト本来の価値をAIによって強化することが重要だと語る。15年以上にわたるAIとの関わりやVALANCE参画の経緯、AI時代の開発組織とエンジニアに求められる力について伺った。
VALANCE株式会社 CTO リンドン・クレイグ氏
グリフィス大学でMicroelectronic Engineeringを専攻し、工学や物理学、回路・基板設計、信号処理などを学ぶ。卒業前に慶應義塾大学とアーズ株式会社でのインターンシップを経験し、卒業後はアーズ株式会社へエンジニアとして入社。無線通信用OSをはじめ、照明、鉄道、センサー関連の製品開発やJAXAとの共同研究など、幅広いプロジェクトに携わる。その後、取締役CTOとして技術・組織・事業を統括。2025年7月、VALANCE株式会社の立ち上げに参画し、CTOとしてプロダクト全体の設計方針、技術戦略、セキュリティ、開発組織を担っている。
VALANCE株式会社

膨大な帳票データを解析し、業務に活用できる形へ
── まずは、御社の事業内容について教えてください。
VALANCEでは、お客様の帳票データや基幹システム内のデータを取り込み、OCRによって解析するサービスを提供しています。発注書や見積書、請求書、納品書などを読み取り、「この発注内容と請求内容が紐づいている」といった関係性を明らかにすることが、事業のコアです。
企業の業務データには、情報が複雑に入り組んでいたり、内容が曖昧だったりすることがあります。そこで、帳票や基幹システムから出力されたデータを取り込み、それぞれをマッチングして解析することで、どのデータ同士が紐づいているのかを可視化しています。
これを実現する柱の一つが、VALANCE独自のOCRエンジンです。大量の帳票データや基幹データを高速で読み取り、データベースへ格納します。もう一つが、格納したデータを紐づけるマッチングエンジンです。データ同士の関係性を判定し、KPIをはじめとするさまざまな分析を可能にしています。さらに、周辺の企業データやRAGなどの仕組みも取り入れています。
加えて、昨年末からは、お客様ごとに表示方法や分析内容をカスタマイズできる「カスタムアプリケーション」の基盤も提供しています。データをどのように可視化し、活用したいかはお客様によって異なります。AIを活用することで、それぞれのお客様に合ったアプリケーションをスピーディーに提供できる仕組みです。
ものづくりから始まり、15年以上にわたってAIと向き合う

── 学生時代は、どのようなことをされていましたか。現在の原体験につながることがあれば、ぜひお聞かせください。
学生時代は、工学と物理学を学んでいました。昔から技術系の仕事に就きたいとは思っていたのですが、当時はソフトウェアに対して、手で触れられるものではないため、少し物足りなさも感じていました。一方、工学や物理学は実際のものづくりにつながるため、そちらの方向へ進みたいと考えていました。
大学では「Microelectronic Engineering」を専攻しました。組み込み系に近く、物理学のほか、回路設計や基板設計などを学びました。センサーを作ってデータを取得したり、MCUレベルのデバイスを動かしたりしながら、データ解析や信号処理について研究していました。
── クレイグさんがAIに関わり始めたのは、いつ頃からでしょうか。
「AI」をどのように定義するかにもよりますが、AIそのものには15年ほど前から関わっています。ただ、当時のAIと現在のAIは、同じ言葉で表現されていても、まったく異なるものです。
現在のようなLLMが広く知られ始めたのは2020年頃からで、私も本格的に追い始めたのはその頃です。それ以前は、CNNのようなニューラルネットワークを小型のチップやPC、携帯電話などに組み込む形でAIを扱っていました。ニューラルネットワークをゼロから構築した経験もあります。
慶應義塾大学での研究では、代表の渡邉や、現在カスタマーサクセス部長の今村と同じ研究室に所属し、3人ともAIに関する研究をしていました。前職のアーズでも、センサーデータの収集や解析、自動化などにAIを活用していました。
── 具体的には、どのような開発にAIを活用していたのでしょうか。
一つの例が、約10年前に他社と共同で開発した「匂いセンサー」です。水晶発振器に特殊な膜を付け、空気中の物質が付着した際に生じる周波数の変化から匂いを検出する仕組みです。
ただ、周波数は検出したい物質だけでなく、風や温度、湿度からも大きな影響を受けます。環境全体を従来型のプログラムで完全にモデル化し、必要な信号だけを取り出すことは非常に困難です。
一方、AIは、人間が明確なルールとして表現できない問題からパターンを見つけることを得意としています。そこで、小型のAIモデルをチップに組み込み、さまざまな環境条件とセンサーデータから匂いの種類を判定できるようにしました。
オーストラリアから日本へ。幅広いものづくりを経験
── グリフィス大学を卒業後、アーズ株式会社へ入社されています。どのような経緯があったのでしょうか。
グリフィス大学を卒業する直前、慶應義塾大学とアーズ株式会社とのつながりを通じて日本に来ました。卒業前にはインターンシップへの参加が必須だったのですが、私はすでに別の会社から内定をもらっていたので、「せっかくなら海外で経験してみよう」と思ったんです。日本で働いてみたいという希望を伝えたところ、ご縁がつながりました。
当時、慶應義塾大学の先生がアーズと共同研究をしていたため、慶應義塾大学とアーズでインターンシップに参加し、論文のようなものもまとめました。
── 実際に日本へ来て、どのように感じましたか。
最初は、1年も滞在しないだろうと思っていました。当時はATMが利用できない時間帯があるなど、不便に感じることもありましたね。
ただ、日本は非常に暮らしやすい国だと思います。四季を楽しめますし、何より食べ物が最高です。手頃な価格で、どこに入ってもだいたいおいしい。そうした魅力もあり、結果として長く日本で暮らすことになりました。
── アーズでは、製品や技術にどのように関わっていたのでしょうか。
最初から取締役として入ったわけではなく、エンジニアとして入社し、少しずつ立場が変わっていきました。
大手企業から中小企業まで、さまざまな会社の製品開発に携わりました。例えば、無線通信のための独自OSを開発しました。その技術は現在、日本の照明市場で幅広く使われています。そのほかにも、トイレや鉄道に関する仕事、JAXAとの共同研究など、非常に幅広いプロジェクトを経験しました。
アーズは、いわゆるソフトウェアハウスではなく、コンセプト設計から製品化までを一貫して支援する会社です。難易度の高いプロトタイピングも多く、半分はコンサルティングに近い会社だと考えています。
お客様とのやり取りも技術が中心になるため、自然と案件を幅広く見るようになり、社員のマネジメントも担うようになりました。その役割を整理する形で、最終的に取締役CTOになりました。また、私自身が外国籍人材の採用を積極的に進めた結果、社員の半数ほどが外国籍というグローバルな組織になりました。

「AI Wrapperではない」構想に感じた可能性
── VALANCEには、どのような経緯で参画されたのでしょうか。
代表の渡邉とは、慶應義塾大学にいた頃に出会いました。その後も頻繁に会っていたわけではありませんが、何年かぶりに連絡をもらい、食事をすることになりました。その席で、AI事業を考えているという話を聞いたんです。
世の中には、既存のAIを包んだだけの、いわゆる「AI Wrapper」のようなサービスも多いため、最初はあまり興味を持てませんでした。ただ、2回、3回と話を聞くうちに、渡邉のビジョンを理解できました。これは単純なAI Wrapperではなく、意味のあるプロダクトになり得ると思い、2025年7月の立ち上げのタイミングでVALANCEにジョインしました。
── VALANCEの構想に、どのような可能性を感じたのでしょうか。
VALANCEが目指しているのは、すべてをAIだけで動かすプロダクトではありません。渡邉の経験に基づいて設計されたプロダクトがあり、それをAIがサポートする形になっています。
AIは非常に速いスピードで進化しています。そのため、プロダクトが100%AIに依存していると、事業として厳しくなる可能性があります。一方、VALANCEには、AIがなくても成立するプロダクトの土台があります。そこへAIを組み込むことで、機能や価値をさらに高めていく。AIが中心なのではなく、プロダクトそのものに明確な形があるんです。
既存のサービスやSaaSをAIで支援し、価値を高めているプロダクトには、多くの成功事例があります。VALANCEも同じように、本質的な価値をAIによって強化するものです。そこに大きな可能性を感じました。

CTOとして、技術とビジネスの意思決定をつなぐ
── CTOとして、どのような業務に取り組んできたのでしょうか。
主に担っているのは、プロダクト全体の設計です。
VALANCEのプロダクトには、OCRパイプラインやマッチングエンジン、RAG、カスタムアプリケーション基盤など、複数の柱があります。それぞれが複雑な仕組みになっているため、全体をどのように設計するかが重要です。
例えば、データをAIに渡してOCR処理を行うこと自体は難しくありません。しかし、大量のデータを処理するとコストが高くなるなど、さまざまな問題が発生します。サービスを安定的かつセキュアに、できるだけ低コストで運用するための設計方針を定め、エンジニアリングチームと調整することが、私の主な責任です。
── 経営陣やビジネスメンバーとは、どのように連携していますか。
VALANCEの事業では、技術とビジネスのすべてがつながっています。サーバーの運用費や保守コスト、不具合管理の体制、インフラの選択などは、販売方法やお客様への提供価値にも影響します。
代表の渡邉は技術が好きで、設計の一部を本人が担うこともあります。会計領域で培ってきた経験から、データベース設計についてアイデアを出し、それを技術的にどう実現するか一緒に考えることもあります。
私自身は販売価格などを決めるのではなく、運用費や原価、実現方法の選択肢を技術側から提示します。そのうえで、渡邉やCOOの山口がビジネス面を判断します。役員が意思決定するときに、技術的な観点が抜けていないかを確認し、必要な情報を加えることが私の役割です。
前職のアーズでは、経営を含めて会社全体を見ていました。一方、VALANCEでは技術に軸足を置き、AIが誤った方向へ進まないようにすることや、セキュリティを担保することに重点を置いています。プロダクトとして確かなものをつくり、問題なく市場へ提供できるようにすることが、現在の私の役割です。
AIで作ったアプリを、エンタープライズ品質へ引き上げる「VCA」
── VALANCEのプロダクトの中で、特に大きな可能性を感じているものはありますか。
「VCA AI APPLICATION PLATFORM」です。個人的には、VALANCEのプロダクトの中で最も市場が広いと考えています。
最近は、ClaudeやGPTなどに要件を伝えれば、それなりに動くアプリケーションを誰でも作れるようになりました。ただし、AIが生成したソースコードやアプリケーションを実際に商品化し、企業へ販売しようとすると、非常に多くの壁があります。
例えば、認証やアクセス制御、誰がどの情報を閲覧できるのかという細かな権限管理、保守・メンテナンス、ログや監査ログの管理などです。エンタープライズ向けのアプリケーションでは、ペネトレーションテストの実施や各種規格への対応など、ほかにも多くの要件があります。
VCAには、そうした機能の土台があらかじめ用意されています。例えば、監査ログの保存期間を3年や10年などから選択でき、詳細なログを残せます。きめ細かなアクセス制御も設定できます。
つまり、AIで作ったアプリケーションを、企業向けの製品として提供できる状態へ持っていくまでのギャップを埋めるプラットフォームです。VCAに載せることで、セキュリティや監査ログ、アクセス制御など、エンタープライズ向けに必要な要件を満たしやすくなります。
VALANCEの強みは、プロダクト全体だけでなく、それを構成する技術がそれぞれ単体でも価値を持つことです。OCRパイプラインは、オンラインとオフラインの双方で動かすことができ、大規模なLLMに依存せず、小型のAIを使ってパソコン上で動かすこともできます。マッチングエンジンも、基本的にはAIへ依存していません。
OCRパイプライン、マッチングエンジン、VCAのそれぞれに、単体で使いたいというお客様がいます。AIがあってもなくても本質的な価値があるからこそ、VALANCEは強いポジションを築けるのではないかと思っています。
AI時代を前提とした、スリムな開発組織
── 現在の開発組織は、どのくらいの規模で、どのような構成になっていますか。
VALANCE社内の技術責任者は、CDO(チーフ・データ・オフィサー)と、CTOである私の2人です。コアプロダクトやVCAの基盤部分は、外部の開発会社と協力して開発しており、私が全体を管理しています。お客様ごとの個別要件については、顧客対応チームが形にしています。
VCA上では、開発経験がほとんどない人でも、AIと対話しながら、ある程度安定した品質のカスタムアプリケーションを作れるようになっています。VCAがセキュリティや権限管理などの土台を提供するため、エンジニアによる確認負担を抑えながら、お客様へ提供できる状態に近づけられます。
顧客対応チームがお客様の要望を直接聞き、AIを活用してアプリケーションを形にできる。5〜6年前であれば考えられなかった、非常に面白い体制だと思います。
── CTOのオファーを受けた時点で、現在のような組織構想を描いていたのでしょうか。
最初から想定していました。VALANCEへの参画を考える前から、渡邉とはAI時代の開発組織について話していました。
当初は、開発チームに10人必要なのか、20人必要なのかといった議論もありました。しかし、AIをうまく活用すれば、そこまで多くの人数は必要ありません。もちろん、人間を完全に開発から外すという意味ではありません。成果物の評価やコードレビュー、品質保証、プロダクト全体の設計には、引き続き人の力が必要です。
一方、作業を細かく分け、部分的な開発をAIに任せれば、非常に優秀なエンジニアに匹敵する出力を数秒で返すこともあります。AIが得意な領域を任せ、人間が全体設計やプロダクトの方向性など、AIにできない部分へ集中することで、一人が担える仕事の範囲は大きく広がります。
1年半ほど前は、AIによるコードレビューには、まだ十分に信頼できない部分がありました。しかし、現在は精度もかなり高くなっています。AIが急速に進化しているからこそ、開発組織はスリムにし、その分のリソースを顧客対応やカスタマーサクセスなど、お客様への価値提供に近い領域へ振り向けています。
成長とともに求められる、スピードと統制のバランス
── 組織全体としての良さや、現在感じている課題を教えてください。
組織としては、代表の渡邉とCOOの山口がビジネスサイドをしっかりと担っています。また、顧客対応チームがお客様の要望を直接形にできるため、エンジニアリングチームの対応待ちによって、商談やプロジェクトの勢いが止まることもありません。それぞれが自分の役割を担いながら、全体として楽しく仕事ができている組織だと思います。
一方、デジタルプロダクトを扱う会社として、AIの進化には常に向き合わなければなりません。今後、競合が現れたとき、既存のプロダクトをAIによってどこまで簡単に再現できるようになるのか。この点は、継続的に考える必要があります。
もう一つの課題は、セキュリティです。VALANCEでは企業の重要なデータをお預かりするため、継続的にセキュリティレビューを実施し、安全性を高めていかなければなりません。ちょうどISMS認証も取得したところですが、今後もさまざまな規格に対応し、組織全体のセキュリティ水準を高め続けることが重要です。
VALANCEは、プロダクトの価値をすべてAIに依存しているわけではないため、AIの進化によるリスクは大きくありません。ただし、決してゼロではありません。将来の変化を見据え、継続的に備えていく必要があると考えています。
変化を学び続け、技術を事業価値へつなげられる人と働きたい
── 採用面では、どのような価値観を持った方に関わってほしいと考えていますか。
VALANCEは非常にフレンドリーな環境で、メンバーも楽しみながら仕事をしています。一方、会社が成長すれば、ルールやポリシーを整える必要が出てきます。
AIを扱う以上、セキュリティに注意する必要があり、ルールを一切設けないわけにはいきません。ただし、ルールで固めすぎて社員が自由に動けなくなれば、スタートアップらしいアジリティやVALANCEの強みが失われてしまいます。VALANCEという社名にも通じますが、必要な統制と自由度のバランスを取ることが、今後の組織づくりにおける重要なテーマです。
技術面では、AIに詳しい方は今後ますます必要になります。ただ、プログラミングが得意であることだけの重要性は、以前ほど高くなくなっていると感じます。
AIの領域は非常に速いスピードで変化しています。半年前や先月までの常識が、今は通用しないこともあります。その変化を追い続け、「この技術を取り入れればプロダクトのコストを下げられる」「設計を変えれば、さらに良いものになる」と提案できることが重要です。
もちろん、長年の経験や特定の言語に関する深い専門性が不要になったわけではありません。最終的に人間が成果物を確認しなければならない場面もあります。ただ、その役割を担う人が大勢いる必要はなくなっています。
それよりも、プロダクトのユーザビリティを考え、お客様が求めているものを理解し、「それなら、このようなプロダクトにしよう」「実現するために新しい技術を使おう」と発想できることが大切です。新しいことを学ぶのが得意で、時代や組織、事業の変化に柔軟についていきながら、挑戦できる方と一緒に働きたいですね。



