「すべての人が時空を超えて働ける世界へ」をミッションに掲げ、リアルタイム遠隔就労支援プラットフォーム「JIZAIPAD」を展開する株式会社ジザイエ。高品質な映像伝送技術を起点に、遠隔監視から遠隔操作・操縦まで、現場仕事の新しいあり方を生み出そうとしています。
今回は、同社の執行役員CPOとしてプロダクト開発を担う中野人夢氏にインタビュー。ものづくりに興味を持った原体験、高専から東京大学大学院、ソニーを経て独立したキャリア、ジザイエの立ち上げに参画した経緯、ハードウェアとソフトウェアを横断する開発組織、そして遠隔就労の未来について伺いました。
株式会社ジザイエ 執行役員 CPO 中野 人夢氏
鹿児島工業高等専門学校の専攻科を修了後、東京大学大学院へ進学し、振動発電を研究。2015年にソニーへ入社し、医療用プリンターのメカ設計をはじめ、製造や部品調達を含む製品開発全般に携わる。約5年間の勤務を経て独立。JST ERATO 稲見自在化身体プロジェクトへの参画をきっかけに、2021年からジザイエに参画。現在は、ハードウェアとソフトウェア、調達・製造を含め、プロダクト開発全体を担う。
株式会社ジザイエ

遠隔就労を実現する「JIZAIPAD」とジザイエの事業
── まずは、御社の事業内容について教えてください。
ジザイエは、「すべての人が時空を超えて働ける世界へ」というミッションを掲げ、遠隔就労を実現するための事業を展開しています。その中心となる「JIZAIPAD」は、現場映像の確認・管理・AI解析を通じて、遠隔からの確認や判断を支援するソフトウェアです。また、現場の映像を取得・伝送する「JizaiEyes」など、ハードウェアも含めて遠隔就労を支えるプロダクトを開発しています。
現在、リモートワークは広く浸透していますが、その対象は主にオフィスワーカーです。私たちは、いわゆるブルーカラーワーカーの方々をはじめ、国や場所の制約がある方、障がいなどの理由から働きたくても働くことが難しい方も含め、誰もが遠隔で仕事ができる環境をつくりたいと考えています。その実現に向けて、プロダクトと技術の開発を進めています。
ガンダムへの憧れと、高専で培ったものづくりの力

── 中野さんは鹿児島のご出身ですが、どのような子ども・学生でしたか。
大学院へ進学するまでの約22年間、鹿児島で過ごしました。幼い頃は電車などの動くものが好きだったようです。母が服やハンドメイド作品を作り、父がロボットやアニメをよく見せてくれていたので、自然とものづくりに親しむようになりました。
興味が明確になったのは中学生の頃です。電子工作キットに関心を持ち、普段使っているものがどのような仕組みで動くのかを調べていました。
特にガンダムが大好きだったので、「もしガンダムを作るなら、どのような技術が必要で、何を勉強しなければならないのだろう」と考えていました。ロボットは機械だけでなく、電気やソフトウェアなど、さまざまな技術によって成り立っている。そうした仕組みに、昔から強い関心を持っていました。
── 鹿児島工業高等専門学校へ進学したのも、その興味がきっかけだったのでしょうか。
そうですね。ただ、最初から高専一本に決めていたわけではありません。
中学2年生頃、高校の体験入学で初めてCADに触れました。頭の中のイメージが画面上に立体として表現されることが面白く、強く惹かれたんです。
当時は高専という選択肢を知りませんでしたが、担任の先生から教えてもらいました。CADを使ったものづくりだけでなく、ロボットに近い領域も深く学べると分かり、高専を目指すようになりました。
── 高専での経験は、その後の考え方にどのような影響を与えましたか。
入学当時は、1年生全員が寮へ入り、最初は先輩と2人部屋で生活する決まりでした。15歳で親元を離れたことで、早い段階から「自分でどうすればよいのか」を考えるようになりました。
学習面では、3年目以降は専門科目が中心になります。大学受験を挟まず、実習を通じて専門性を身につけ、実際にものに触れながら、やりたいことを深められました。
── 高専卒業後に専攻科へ進んだ理由と、研究内容を教えてください。
高専卒業後の選択肢はいくつかありましたが、当時進めていた研究をさらに深掘りしたいと考え、専攻科へ進みました。
高専4年生から5年生までは、研究室で代々開発されていた、ヤシの木の枝を切り落とすロボットや人型ロボットに関する研究をしていました。専攻科では、人型ロボットを自分で作り、制御に実際の人間の動作を取り入れることで、制御の安定性が向上するかどうかをテーマにしました。
研究用のプロトタイプですが、部材の加工、モーターの組み付け、制御方法の検討、プログラミングまで自分で行いました。先生の「やりたいことがあるなら、まずはやってみればいい」という方針のもと、設計から制御まで試行錯誤してやり切った経験は、その後にもつながっています。
高専から東大、そして「自由闊達」なソニーへ
── 専攻科を修了した後、東京大学大学院へ進学されています。どのような理由から進学を選んだのでしょうか。
高専の専攻科から東京大学大学院へ進学した、寮の先輩に影響を受けました。その方を通じて東大大学院へ進む道があると知り、「自分も行けるところまでやり切ってみたい」と思ったんです。
研究室を見学し、機構や運動学を深く追究する姿勢に刺激を受けました。修士課程では、小さな振動を増幅して発電につなげる「振動発電」を研究しました。
実際に入ってみると、周囲の学生や研究員は、学問を掘り下げる深さや考え方が、それまで接してきたものとは異なっていました。
一方、高専で培ったものづくりの経験が自分の強みだと気づきました。基板のはんだ付けや実験装置の設計・製作、動かない原因を突き止める場面では周囲へ助言できることもあり、高専時代に自分の手を動かしてきた経験の価値を実感しました。
── 新卒ではソニーへ入社されています。決め手は何だったのでしょうか。
就職活動中、三菱重工とソニーのインターンシップに参加しました。どちらも実際に企業で行われる業務がどのようなものなのかを体験でき、非常に貴重な経験でしたが、業務内容や役割が明確な三菱重工に対し、ソニーでは年齢や職種に関係なく、意見を交わしながら開発していました。
対照的な働き方を経験し、「仕事」に対するイメージが明確になりましたし、どちらが正解という訳でもなく、自分にはソニーの「自由闊達」な文化が合っていると気づきました。
その後の面接でも、自分が望む働き方を率直に伝えていました。取り繕って入社しても、後から苦しくなると思ったからです。その考え方を受け止め、「それでいい」と言ってくれたのがソニーでした。
── ソニーでは、どのような製品開発に携わりましたか。
医療機器を扱う部署へ配属され、エコー写真やレントゲン画像、手術中の映像などを印刷する医療用プリンターを開発しました。私は、紙を引き込んで印刷する内部機構や歯車、外装など、メカ設計全般を担当しました。
製品を落としても壊れないかといった信頼性評価に加え、製造工程や部品の調達にも関わり、製品を企画してから開発し、世の中へ届けるまでの一連の流れを経験しました。
配属先では久しぶりの新人だったため、若手が通常は担当しない業務や、メカ設計の枠を超えた仕事まで幅広く任せてもらえました。
管理職ではなく、自分たちのものづくりへ
── ソニーで約5年間働いた後、合同会社を立ち上げています。なぜ独立しようと思ったのでしょうか。
ソニーでは、最初の2〜3年間で、製品を作って世の中へ届ける一連の流れを経験しました。一方、4年目頃には、マネジメントに近い役割も担ってほしいという話をいただきました。
評価はありがたかったのですが、私はまだ自分で手を動かし、ものづくりを続けることに注力したいと思っていました。しかし、人員を含め当時の企業全体の事情から、その時間が減ることは避けられない状況でした。
同じ頃、ソニーの同期で、現在はジザイエの執行役員CTOを務める三浦も同様の思いを抱えていました。私たちはともに地方出身で、ものづくりを通じて地域課題を解決したいと考えており、今後の自身のキャリアについて日々話していました。
社内異動も選択肢にありましたが、大企業だからこそできることとできないこと、今だからこそできることなどさまざまな要素を天秤にかけた結果、20代後半のうちに新しいものづくりへ挑戦したいと考え、当時の上司にも背中を押していただき、入社約5年目で独立しました。
独立という形を取りましたが、今でもソニーという会社はエンジニアとして働くにあたり、これ以上ない環境だと思っています。
コロナ禍での停滞が、ジザイエの立ち上げにつながった
── その後、2021年にジザイエへ参画しています。どのような経緯だったのでしょうか。
ソニーから独立した後、私と三浦、当時別の会社にいたもう一人の3人で合同会社を立ち上げました。当初は、地方の課題を解決するIoTサービスや小型デバイスを作り、地域に貢献することを目標にしていました。
ところが、本格的に事業を進めようとしていた矢先に、新型コロナウイルスの感染拡大が始まりました。地方へ行くことも、海外のベンダーと連携することも難しくなり、当初の取り組みを止めざるを得ませんでした。
その後の1年ほどは、ホームページ制作などで収入を得て、何とか会社を維持していました。「このままでは事業も会社も成り立たない」と、3人で今後について話し合っていた時期です。
ちょうどその頃、現在ジザイエの代表を務める中川から連絡が来ました。中川とは、就職活動中のリクルートのインターンシップで出会いましたが、その後はほとんど交流がありませんでした。
── 中川さんから、どのような相談を受けたのでしょうか。
当時、中川はJST ERATOの稲見自在化身体プロジェクトに参画していました。プロジェクトを進める上で企業でのハードウェア開発経験を基にしたアドバイスが必要となり、「手伝ってくれないか」と声をかけてもらったんです。
私自身、当初予定していた合同会社での事業を想定通りに進められない状況であり、今後の方針も未定だったため、まずは業務委託のような形で参加しました。
── その参画が、ジザイエの設立へどうつながったのでしょうか。
プロジェクトが完遂する頃、コベルコ建機さんとの共同プロジェクトを通じて、「稲見先生の自在化身体技術を社会実装する会社を立ち上げ、一緒に取り組まないか」という話が出てきました。そこで初めて、「そのための会社としてジザイエを作ろう」という話になったんです。
その後、コベルコ建機さんから出資のお話もいただき、本格的に事業を進めることになりました。ここまで来ると私一人ではやり切れないため、ソニー時代から信頼していた三浦にも声をかけました。
当時は、事業内容が完全に固まっていたわけではありません。それでも三浦は、「具体的に何をするかはまだ分からないけれど、何かできるでしょう。やってみるよ」と飛び込んでくれました。

遠隔就労の前に立ちはだかった「映像」の壁
── ジザイエへ参画してからは、どのようなことに取り組んできたのでしょうか。
事業が始まった当初から、自在化身体技術を使って遠隔就労を実現するという方針は決まっていました。ただ、どのように実現するのかは、まだ明確になっていない状態からのスタートでした。
そこで、コベルコ建機さんをはじめ、リモートワークが難しいさまざまな現場へ足を運び、実際に働く方々の声を聞きました。遠隔で作業したい、現場にあるものを監視したいというニーズは確かにありましたが、その前提となる映像がきちんと見えなければ、遠隔就労の実現にはたどり着けないと分かりました。
特に、遠隔から何かを操作するには、現場の映像が鮮明かつ遅延なく届かなければなりません。離れた場所にいながら、その場で操縦しているような感覚を得られなければ、実用化は難しい。社会実装を進める上で、最初に直面した壁が映像だったんです。
── その「映像の壁」を、どのように乗り越えたのでしょうか。
三浦はソニー時代にブラビアの開発部門に所属し、映像を扱う知見を持っていました。そこで、三浦の知見も活かしながら映像を圧縮して伝送する技術を深掘りすれば、解決策が見つかるのではないかと考えました。
試行錯誤を重ねた結果、画質を保ちながら映像を圧縮し、通信環境が悪い場所でも鮮明な映像を伝送できる仕組みを、概念実証(PoC)の段階まで作ることができました。
その仕組みをさまざまな現場へ持ち込み、検証を重ねました。ビニールハウスの中を遠隔から確認したいという相談を受けた際には、現地へ伺って機材を設置させていただいたりもしました。実際に使ってもらい、「これまで見られなかった場所が本当に見える」「これだけきれいに見えるなら、点検や出荷状況の確認には十分使える」といった声をいただくことができたのは嬉しかったです。また、実際に現場で設置する際に必要な要素や、注意すべき点が何なのかについても非常に多くの知見を得ることができました。
最終的に実現したい遠隔就労の土台として、まずは映像伝送の技術を確立し、現場で実績を積む必要がある。その考えから取り組みを進めてきた結果が、現在のプロダクトにつながっています。
── 執行役員、そしてCPOとして、現在はどのような役割を担っていますか。
創業当初、私と三浦は役員ではありませんでした。JizaiEyesの前身となる製品の導入実績が積み上がり、製品化の判断に責任を持つ人間が必要となったタイミングで、執行役員に就任しました。
明確にCPOという役割を担うようになったのは、直近1年ほどです。会社方針として技術を最大限に生かすには、ソフトウェアだけでなく、ハードウェアも自分たちの強みとして持つことが重要であるという方針が明確になったことから、CPOとしての役割を担う形になりました。
── 現在、プロダクト開発にはどのように関わっていますか。
現在は、どのような計画で製品を開発し、何を強みとして市場へ届けるのかを考えています。ハードウェアとソフトウェアに加え、SCM、つまり部品の調達や製造も含めて、プロダクト全体を見る役割です。
一方で、方針や計画だけを考えているわけではありません。現場で作業が必要であれば、私自身も足を運びます。設計を担当するメンバーとも常にコミュニケーションを取りながら、製品を量産し、実際に世の中へ届けるために必要な視点を共有しています。
十数名で支える、ハードとソフトを横断した開発組織

── 現在のプロダクト開発は、どのような体制になっていますか。
実際に手を動かして開発しているエンジニアは、ハードウェアとソフトウェアでそれぞれ5〜6名ずつ、合計で十数名ほどです。
事業やお取引しているお客さまの規模を考えると、「この人数でよく回せているな」と、私たち自身も感じています。それを実現できているのは、メンバーがお互いにフォローし、エンジニア自身が「ここはこのように作ろう」「この問題には、このように対応しよう」と判断して動いてくれているからです。
開発組織は、大きく二つに分かれています。一つは、JizaiEyesなどを作るプロダクト開発部門で、その中にハードウェアとソフトウェアのチームがあります。もう一つが、遠隔操作や遠隔操縦に関する研究開発を担う技術開発部門です。一部のメンバーは、両方を兼務しています。
このほか、お客さまからの問い合わせに対応するカスタマーサポート部門があり、現在は2名で運営しています。業務のシステム化や効率化を進め、少人数でも、導入した製品に関する問い合わせへ対応できる体制を構築しています。
── AIはどのように活用していますか。
大きく二つの方向性があります。一つは、社内業務の効率化です。たとえば、Slack上の会話をAIで定期的に整理し、進捗や未対応のタスクを通知する仕組みや、カスタマーサポートへの問い合わせ内容を分析する方法を検討しています。
もう一つは、プロダクトの機能としての活用です。現在、LLMを活用した検知機能を徐々に導入しています。
従来の映像では、画質が粗いためにAIが正しく判定できなかったり、確認したい部分を拡大するとモザイクのようになり、検知できなかったりすることがありました。私たちの技術で伝送した映像であれば、拡大しても解像度を維持しやすく、AIによる検知にも活用できます。
映像伝送技術とAIを組み合わせることで、私たちならではの付加価値を提供できると考えています。現在は、お客さまからフィードバックをいただきながら、機能をブラッシュアップしている段階です。
── プロダクト組織の魅力を教えてください。
ハードウェアとソフトウェアのメンバーが、役職や上下関係にとらわれず、気軽に相談し合えることが大きな魅力です。
現在、ハードウェアのメンバーは主に御茶ノ水、ソフトウェアのメンバーは大手町やリモートで働いています。直接顔を合わせる機会が少ないこともありますが、Slackで積極的にコミュニケーションを取り、必要であれば互いのオフィスへ足を運び、日々連携しながら開発を進めてます。
ハードウェア側で解決できない問題はソフトウェアへ相談し、ソフトウェア側で原因が分からなければ、ハードウェアの観点から検証する。そうした連携があるからこそ、お客さまから突然相談を受けても、すぐにメンバーが集まり、実現方法を考えられます。
── 現在、組織としてどのような課題がありますか。
現在の課題は、組み込み開発の体制です。お客さまから寄せられる新たな要望の実現と汎用性を保った製品の安定した拡販を実現するには、ハードウェアとソフトウェアの中間に位置するエッジ領域へ、さらに力を割く必要があります。
この領域には、ハードウェアとソフトウェアの両方に関する知見と、組み込み開発の専門的な経験が求められます。理想を言えば、開発を実行するだけでなく、全体方針まで判断できる人材が必要です。社内で育成するのか、経験者を迎えるのかも含めて、体制を整えることが重要だと考えています。
自ら動き、失敗を恐れずに試せる人と働きたい
── ジザイエのカルチャーには、どのような方が合うと思いますか。
私の主観も入りますが、自分から動ける方や、興味を持ったことに対して、まずはやってみようと行動できる方は、非常に合うと思います。
もちろん、自分で考えて試した結果、うまくいかないこともあります。それを恐れず、「こうした方がよいと思ったので、やってみました」と動ける方ですね。
また、自分の担当領域ではないことに対しても、「もう少しこのように変えた方がよいと思うのですが、どうでしょうか」と意見を伝えられる方は、ジザイエと相性が良いと思います。
── 入社した方は、どのような経験を得られるのでしょうか。
ジザイエならではの経験は、ハードウェアとソフトウェアの両面に関われることです。
私たちは、現場映像の確認や管理、AI解析を行うソフトウェアとしてJIZAIPADを提供しています。ただ、ソフトウェアだけで完結しているわけではありません。映像に最適な処理を施し、効率良く伝送するハードウェアも持っており、その両者をつなぐ技術も密接に関係しています。
Webサービスとハードウェア製品がどのように連携し、一つのプロダクトとして作られ、世の中へ届けられるのか。どの部署に所属していても、普段の業務を通じて、プロダクト開発の全体像に関わることになります。この規模のスタートアップでは、珍しい環境だと思います。
── ハードウェアとソフトウェアの両方を扱う難しさや、楽しさはどこにありますか。
新しい機能を追加するときや、お客さまから要望をいただいたとき、それをハードウェアで実現するのか、ソフトウェアで実現するのかを判断するのは難しい部分です。技術的に実現できるかだけでなく、コストや開発工数も含めて、両面から考えなければなりません。
一方で、両方のメンバーが相談する中で、思いがけない解決策が見つかることがあります。「100時間かかると思っていたものが、そちらの方法なら30時間ほどで実現できる」と分かることもあります。
ジザイエには、さまざまなバックグラウンドを持つメンバーがいます。一つの視点だけでは見つからなかった解決策が別の領域から提案され、最終的にお客さまが求めていたものを提供できる。そこまでを一緒に経験できることは、大きな楽しさです。
── 今後、プロダクトをどのように成長させていきたいと考えていますか。
今後1年ほどは、導入実績が増えている遠隔監視用のJizaiEyesを、より広く世の中へ届けるため、ハードウェアとソフトウェアの両面からブラッシュアップしていきます。
それに加えて、研究開発として進めている遠隔操縦についても、実際の現場への導入や実証を進め、実績を作りながらブラッシュアップしていきたいと考えています。将来的には、遠隔から何かを見たい・操作したいと考えたときに、「まずジザイエへ相談すれば、さまざまなことを実現できそうだ」と思ってもらえる会社を目指しています。
── 組織については、どのような体制を目指していますか。
組織については、現在の規模とカルチャーだからこそ実現できていることが数多くあります。事業の成長に伴って人を増やす必要はありますが、単純に人数を増やせばよいとは考えていません。
必要な領域に適切な人材を迎えながら、現在のカルチャーを大切にする。AIなどを活用して業務を効率化し、これまで社内に蓄積してきた知見を循環させる。その上で、プロダクトと組織の双方を継続的にブラッシュアップしていきたいと考えています。



