医療AIや再生医療の領域では、優れた研究や技術が生まれながらも、社会に届かないまま終わるケースが少なくない。
BioEngineeringCapital株式会社は、その構造に真正面から向き合い、「投資の先の支援」仕組みづくりに挑んでいる。
投資と事業の両輪で、研究成果やプロダクトを“実装まで”導く——。
Cuvalでは、同社代表取締役CEOの島原佑基氏に、その全体像と根底にある思想を聞いた。
島原 佑基氏|BioEngineeringCapital株式会社 代表取締役CEO
東京大学大学院にて生命科学・画像解析・AI領域の研究に従事。大学院在学中に研究室メンバーとともにエルピクセル株式会社を創業し、医療画像解析AIの社会実装を推進。2019年には同社プロダクトの薬事承認取得を主導し、日本における医療AI実装の先駆的事例をつくる。
その後、エルピクセルを退任。医療・バイオ領域のイノベーションのエコシステムを創出するためBioEngineeringCapital株式会社を設立し、医療AI推進機構(MAPI)も立ち上げた。現在は医療AI・DX、再生医療を中心に、投資とハンズオン支援を行い、実装まで責任を持つ循環型モデルの構築に取り組んでいる。
BioEngineeringCapital株式会社

事業内容|「バイオエンジニアリング」を軸に、投資と事業の両輪でエコシステムをつくる
── 御社の事業内容から伺ってもよろしいでしょうか。
BioEngineeringCapitalという名前の通り、私たちは「バイオエンジニアリング」を非常に広い概念として捉えています。
十九世紀は化学で物質をつくる時代、二十世紀は物理学をベースに機械や自動車をつくる時代でした。そして二十一世紀は、「生物をつくる時代」だと考えています。
人間にしかできなかった判断や作業をAIに任せていく流れも含め、生物学をエンジニアリングしていく領域こそ、今後最も大きなイノベーションが起きる分野です。私たちはその領域を中心に、「お金の流れ」をつくることを目的に活動しています。
現在、VCの1号ファンドを立ち上げており、まもなくファーストクローズを迎える予定です。最終的には約1年かけて、ファイナルクローズまで進めていきます。
一方で、投資だけに留まらず、事業も並行して行っています。ファンド本格稼働前ではありますが、自己勘定での投資はすでに実施しており、The Medical AI Timesという医療AIメディアを戦略的に子会社化したり、良いプロダクトを持ちながら継続が難しくなった事業会社の株式を100%取得し、再生に取り組むケースもあります。
また、新しい人間ドックサービスにも挑戦しています。2025年春年のリリースを予定しており、当社株主であるマーソ株式会社様とともに、人間ドックを再定義するような取り組みを始動しようとしています。
従来の人間ドックは、「よく分からないけれど安いからだから選ぶ」「有名な医療機関だから安心」というケースが少なくありません。我々は、品質にこだわった健診施設と連携し、全身スキャン(画像検査を含む)を中心とする検査を実施。そのデータをAIが学習し、健康相談まで担う「パーソナルドクター」のような存在も提供します。検査にとどまらず、行動変容までを含めて設計しています。
こうした事業に取り組む背景には、投資先の「出口」をきちんとつくりたいという思いがあります。優れた医療AIやDX商材があれば、自由診療や健診サービスとして実装し、社会に届けていく。投資で終わらせず、自ら事業として形にする体制をつくりたいと考えています。
保険診療の領域でも、病院経営支援を行うCHCP様が株主として関わっており、同社グループと連携したAIの共同研究や導入も可能です。
「良いものであれば、きちんと広げる」。売上を立て、投資先も育っていく——その循環をつくることが、BioEngineeringCapitalの役割だと考えています。
キャリアの原点|環境に適応し続けた幼少期と「生物をつくる時代」への直感

── 早速キャリアについて伺います。小学校時代まで遡って、原体験のようなものはありますか。
そうですね。特徴的なのは、あまり強いアイデンティティがないことかもしれません。
親が転勤族で、小学校1年生は千葉、2年生は長崎、3年生から東京と、かなり転々としていました。生まれは宮崎で、横浜に住んでいた時期もあります。
仲良くなってもすぐに転校する。その繰り返しの中で、自分自身も環境によって性格が変わる、という感覚を持つようになりました。「これだけは守る」という固定的なものがあまりなく、良くも悪くも環境に適応するタイプだと自覚しながら育ったと思います。
あとは、ずっと野球をやっていました。仕事で必要なことの多くは、野球から学んだと感じています。
── 野球はずっと続けられていたんですか?
しっかり野球に取り組んだのは高校までです。大学では高校からのケガが続き、続けられませんでした。
野球ができなくなった分、「その情熱を他にそそごう」と気持ちを切り替えました。
遺伝子工学に触れ、「生物をエンジニアリングする時代が最もイノベーティブになる」という考えを持つようになりました。
その後、iGEMという生物学版のロボコンのような国際大会にも参加しました。ゼロからチームで発表する中で、グローバルな視点が身につき、「世界で勝負できることをやらなければならない」と強く意識するようになりました。
もともと高校までは、自動車のエンジニアになりたいと思っていました。
自動運転や電気自動車、脱化石燃料といった流れを考えると、二十一世紀で最もイノベーティブな分野だと感じていたからです。
しかし、大学受験を控えていた時に新聞の一面で「iPS細胞の発見」を知りました。その瞬間、「これだ!!」と直感しました。
自動車分野は巨大企業が担う一方で、「生物をつくる」という領域は、これからゼロから挑戦できる余地が大きい。ここで勝負すべきだと感じ、生物学をほとんど学んでいない状態から、この世界に飛び込みました。
ただ、学び始めると理想と現実のギャップも見えてきました。
遺伝子は設計図にすぎず、mRNA、タンパク質、細胞、組織と複雑なプロセスを経て生命は成り立っている。ヒトゲノム計画の完了によって、「分からないことが分かった」という側面も大きかった。
基礎研究が追いつかない中で、エンジニアリングだけを進めても成果は出にくい。とはいえ、膨大かつ複雑な情報が関連する生物学は、ITとの融合領域が一番イノベーティブであるという確信を高めました。
そこで「このあと、結果を出しやすい領域はどこか」と考え、出会ったのが画像解析でした。
画像解析とAI、そして起業へ
── それが今の事業につながってくるわけですね。
はい。生物学は非常に定性的な学問です。
「顔つきが悪い」「少し赤い」といった感覚的な判断で病気を見ている部分も多い。これは機械学習・AIで置き換えられると考えました。
形態学的な評価を機械学習で定量化する仮説を突き詰めるため、大学院に進学し、この分野で最も研究が進んでいる研究室を選びました。その研究室のメンバーと立ち上げたのが、エルピクセル株式会社です。
当時は、生物学とAI・機械学習の両方を理解する人材はほとんどいませんでした。
エンジニアリングの視点から生物学に入ったことで、「この領域は必ず来る」と確信でき、このチームとなら成功体験を積めると感じました。
修士修了後に一度社会人を経験し、研究室に戻って起業。その後に博士号を取得しています。
「伝記に残る仕事」をしたいという原動力
── 高校時代に自動車に興味を持ったきっかけは何だったのでしょうか。
車や電車など、動くものが好きだったというのは、ごく一般的な理由だと思います。
それに加えて、伝記を読むのが好きで、リンカーンやエジソンのような人物に強く影響を受けていました。
当時は、「伝記に残るようなイノベーションを起こしたい」と思っていました。電気自動車やエネルギー転換は、確実に歴史に残るテーマだと感じていました。
祖父が建築家だった影響で建築にも興味はありましたが、家は何百年も本質的には変わっていない。一方で、車やエネルギーの世界は大きく変化していく。 そうした理由から自動車の道を志していました。
結果的に生物の領域へ進むことになりましたが、「伝記に残るような仕事をしたい」という原動力自体は、今も変わっていません。
創業までのキャリア|研究者からビジネスの世界へ
── 創業までのキャリアについて伺います。大学院修了後にグリー、その後転職されていますが、どのような経緯だったのでしょうか。
まず、「社会人として勉強しなければならない」と思いました。
研究室には自分よりも優秀な技術者がいて、同じことをしていてもシナジーがないと感じたんです。
エジソンも、個人の技術力以上に「優秀なエンジニア集団をつくった」ことが大きな功績だと思っています。自分にしかできない価値を出すには、研究だけでなく、ビジネスの経験が必要だと考えました。
博士課程に進む選択肢もありましたが、日本は新卒文化です。まずは修士で社会に出て、社会人経験とグローバルな経験を積もうと決めました。当時はインターネット企業が最も勢いのある時代で、短期間でグローバルに成長できる環境だと感じ、グリーを選びました。
私が入社した年は新卒130人を採用した年で、会社がピークを迎えた直後、海外拠点が一気に閉鎖される事態になりました。グローバルで活躍する道は険しくなったため、初志貫徹でグローバル経験を詰めるところに転職しました。
結果的には、次のステップへ進むための大きな転機だったと思っています。
転職と「週末起業」
その後、海外事業開発を進めていたIT企業に転職しました。ここで念願の、海外事業開発の部署に所属できたグローバルな事業に携われました。
ただ、転職活動中に研究室のメンバーと議論して大学のアクセラレーションプログラムに参加して勉強することになり、このタイミングで、研究室の仲間とエルピクセル株式会社を立ち上げました。いわゆる週末起業ですね。エルピクセルに完全に一本化したのは2016年です。
創業初期のリアル|がむしゃらだった日々
── 創業当時を振り返って、いかがでしたか。
とにかく、がむしゃらでした。土日も休まず、夜中まで働くのが当たり前。やったことのないことばかりで、分からないことは本当に分からない。
綺麗な計画があったわけではなく、とにかく毎日ゴールを決めて走り続ける。今思えば、短期的な視点で必死だったと思います。
研究室のメンバーと起業という自然な流れ
── 研究室のメンバーで起業することは、想定していたのでしょうか。
はい。 研究室の仲が良く、10人に満たない小さな研究室で、朝から夜まで一緒に研究し、一緒に食事もする家族のような関係でした。
共同研究も多くある研究室でしたが、どれだけ貢献しても論文に名前が載らないこともある。
当時は、エンジニアが「下請け」のように扱われる時代でした。「この状況を変えるには、自分たちでやるしかないよね」と、飲みながら冗談半分で起業の話をしていました。自然な流れでしたが、想定よりは早かったですね。本当は3年ほど社会で学ぶつもりが、1年で戻ることになりました。
薬事承認で実感した「国を動かす」という感覚
── 2019年10月の薬事承認取得で、印象に残っていることはありますか。
「ないものをつくる」という感覚です。薬事承認は受け身の作業だと思っていましたが、実際には制度を理解し、「この枠組みで、こう提案すれば認められませんか」と、こちらから道を示す必要がありました。薬事は、想像以上にクリエイティブな仕事でした。
その経験を通じて、「道は自分たちでつくれるし、国も動かせる。全て自分の責任で、いい訳はできない。」という実感を持てたことは、今でも大きな財産です。
BioEngineeringCapital創業の背景|「業界への恩返し」とエコシステムづくり

── ここからはBioEngineeringCapital(以下、BEC)について伺えればと思います。エルピクセルを退職された後に立ち上げられていますが、改めて、その経緯を教えていただけますか。
一番大きいのは、「この業界に恩返しをしなければならない」という気持ちです。
結果的にそうなった面もありますが、業界全体を整えていくことは、自分の使命だと感じていました。
エルピクセルは、「あるものをどう売るか」というオペレーションフェーズに入っており、そのフェーズに適した優秀な人材も揃っていました。一方で、新しいことを次々に立ち上げる人材は、どうしてもコストになりやすい。 一言で言えば、「売るフェーズに入った」という状況です。
ただ、売上を伸ばすだけでは、日本の医療は変えられない。当時感じていた構造的な課題は、その枠組みでは解決できませんでした。
そこで、新規事業として医療AI推進機構(以下、MAPI)の構想を持ち込みましたが、どうしても「いつ収益になるのか」という議論になります。特に2020年以降は投資環境も厳しく、早期黒字化が強く求められていました。
それならば、独立してやろうと。将来的にはエルピクセルの価値にもつながるという認識は共有できていたため、十分に話し合ったうえで会社を分ける決断をしました。そうして、「業界でイノベーションを起こす会社を、10社、20社と生み出すエコシステムをつくろう」と考えました。医療AIにおいては、その最大のボトルネックが「データ」だったため、データ活用、法規制対応、体制構築までを一気通貫で支援する組織として、MAPIを立ち上げました。
共通する危機感が集まった初期チーム
── 当時は、どれくらいのメンバーで立ち上げられていたのでしょうか。
当初は非常勤中心で、20名ほどでした。現在は取締役が8名ほど、社外取締役を含めると10名弱になります。
共通していたのは、「このままでは医療体制は持たない」という危機感です。保険制度を含め、現状の延長線では持続しないことは明らかでした。一方で、日本では新しいものを導入し、イノベーションを起こす土壌が年々厳しくなっている。
そうした問題意識を持ちながらも、「この状況を変えていこう」という人たちが集まり、BECとMAPIが形になっていきました。
MAPIからファンド設立へ|起業家を生み出す仕組み
── 創業後は、どのような取り組みから着手されたのでしょうか。
まずは、医療データ利活用促進に関する認定取得など、MAPIとしての活動を進めました。
当初はそれだけでも十分だと思っていましたが、もう一つの課題に気づいたんです。それが、「日本は起業家が圧倒的に少ない」ということでした。
支援団体は、支援する起業家がいなければ意味がありません。大谷翔平がいないのに、応援団だけあっても仕方がない。
起業家を発掘し、ハンズオンで育てる仕組みが必要だと考え、徹底的に伴走するファンドをつくることにしました。 MAPIは構想から設立まで約2年かかりましたが、BECは起案から半年ほどで立ち上がり、実質的にはほぼ同時期のスタートです。
BECでの現在の役割|資金調達と徹底した伴走支援
── 現在、BECでの島原さんの業務内容はどのような割合でしょうか。
BECは投資活動をするので、まずは資金調達が最重要です。現時点では、そこに一番多くの時間を割いています。
同時に、投資先のソーシングやハンズオンも行っています。
現在は東京科学大学(旧・東京医科歯科大学)と連携し、HARBORというアクセラレーションプログラムを実施しており、7チームをメンタリングしています。
投資領域と判断軸|「価値提供できるか」
── 投資領域について教えてください。
昨年の実績では、約7割が医療AIやDX関連、再生医療が2割、その他が1割です。
特に生成AIの進展は著しく、アメリカではヘルスケア系スタートアップの多くがが生成AI関連です。日本でも大きなチャンスがあると見ています。
一方で、いわゆる創薬のパイプラインを中心とするバイオベンチャーの領域や、サプリのようにマーケティングで勝負する領域は我々の強みではないので対象外です。遺伝子治療、再生医療、AI画像診断、手術DXなど、「成功確率を高める道筋が見える領域」に集中しています。
── 価値提供できるかどうかが軸なんですね。
その通りです。リターンは重要ですが手段であって、目的は医療のイノベーションを通じて、人々が健康に長く生きられる社会をつくることです。
アクセラレーションプログラムの考え方|完全オーダーメイドの伴走
── アクセラでは、どのような関わり方をされていますか。
基本は「徹底的に話を聞く」ことです。まず3ヶ月後のゴールを設定し、そこに必要な要素を一緒に組み立てます。
課題はチームごとに異なるため、完全オーダーメイドで対応しています。
書類選考では、「自分たちが伴走できるイメージが湧くか」を重視しています。画一的なワークショップは、あまり意味がありません。
起業家が見つけた課題が正しいか、どう解くかを一緒に考える。それが、私たちの役割です。初回面談はすべて私が行い、必要に応じて専門性を持つメンバーをアサインしています。
BECの魅力|最もイノベーティブで、最も社会的な領域
── 改めて、BECの魅力を教えてください。
医療は、最もイノベーションが起きやすく、かつ社会的意義の大きい分野です。
誰にとっても自分事であり、その最前線に関われること自体が大きな魅力だと思います。BECでは、投資、事業づくり、ハンズオンと、さまざまな関わり方があります。
多様な人が、それぞれの形で価値を発揮できる。それがBioEngineeringCapitalの強みです。
組織づくり|取締役+多様なキャピタリストで「実行力あるチーム」を組む
── 現在の組織体制や役割分担、メンバー構成について伺いたいです。現状どのような体制で、どうチームを組成されているのでしょうか。
取締役は5名います。私のほかに、谷家という取締役会長がいます。日本でも屈指のエンジェル投資家で、現在は会長ですが、お飾りではありません(笑)。毎日のようにミーティングを行い、実務レベルでファイナンスと事業を推進しています。
株主でもあるCHCPさんからも取締役を派遣いただいています。
実務面では金融系に精通しているバックオフィスが数名。キャピタリストは5名で、医師、公認会計士、残ネイティブのアメリカ人など、多様です。
役割分担|固定せず「日々最適化する」立ち上げ期の進め方
── 役員陣の役割やバランス、連携の仕方についても伺ってよろしいですか。
大枠では、私は医療ドメインの専門性が高い領域にリソースを集中させ、ファイナンスは谷家が中心、という大まかな分担はあります。ただ、立ち上げ期なので「役割を守る」というより、日々相談しながら最適な形に変えていく感覚に近いですね。電話も頻繁にしますし、平日は基本的に毎日ミーティングしています。役割を固定せず、全員で日々最適化しながら進めています。
連携の価値|アカデミアと海外VCを“深く”つなぐ
── 医療機関、アカデミア、海外VCとの連携についても伺いたいです。
アカデミアとの連携は「重要」というより、ほぼ必須だと思っています。イノベーションの根幹はサイエンスであり、それは大学で生まれ、研鑽されるものだからです。
一方で、全国一律のプログラムを横並びで回す形には違和感があります。既存の枠組みでは、個別課題に深く向き合いにくい。だからこそ、東京科学大学(旧・東京医科歯科大学)と連携し深く連携して成功モデルをつくり、それが結果的に派生していけば良いと考えております。グローバルでは、米国のVCのVela Partnersと連携しています。今の規模でアメリカ全体を網羅するのは難しいですが、良いものを日本に持ってくる、現場に関わるという点は重要です。
VelaはAIを活用した投資を行っており、人の目利きを前提に、定性的情報を定量化し「うまくいく確度」を解析しています。その知見も参照しながら投資判断を行っています。
組織の強みと課題|尖った人たちが融合する伸びしろ
── 組織の良いところ、特徴、そして課題点についても伺いたいです。
強みは、何かに秀でた尖った人たちが集まっていることです。日々学びがあり、自分自身も成長できる環境だと感じています。働き方は基本フルリモートで、自主的に動ける人ばかりです。受け身の人には向きませんが、新しいことを次々と形にしたい人には、活き活きと働けるとても良い環境だと思います。加えて、株主を含めて医療系・金融系のアセットにアクセスしやすく、やりたいことを実現しやすい。
今後の展望|ファンドのクローズと、循環する投資エコシステムの確立
── 今後の展望について、短期・中長期で目標や目指したい世界観を伺えますか。
短期的には、まずファンドを確実にクローズさせることです。今はVCの市況が非常に厳しく、東証での上場基準も厳しくなってきています。他の金融商品と相対的に見劣りしていまい、資金が集まりにくい時代だと感じています。
だからこそ、この環境下でも「着実に成功するファンド」をつくりたい。
成長産業とはいえ、新規で立ち上げて資金を集めるのは簡単ではありません。ただ、幸いLP候補には恵まれており、今は何とか形になりそうなところまで来ています。
中長期的には、パフォーマンスを出し、投資先を増やし、その結果として資金が集まり、さらに良い投資ができる。そうした循環をつくっていきたいと考えています。
最終的には、「BECがいなければ生まれなかったサービスがある」と言われる存在になりたいですね。
「このままだと医療は悪い方向に行くと思っていたけれど、結果的に良い方向に変わった」——そう思ってもらえる仕事をし、医療や経済の歴史の中に刻まれるような活動を目指しています。
どんな人と働きたいか|「打席を増やす」から始めてほしい
── どんな方と働きたいかも伺ってよろしいですか。
私たち自身も人手不足ですが、それ以上に「支援先が人手不足」です。
その流れをつくりたいので、まずは幅広く興味を持ってもらい、来てほしいと思っています。
正直、「どんな人がいいか」はやってみないと分かりません。
だからこそ、「打席を増やす」アプローチが良い。
興味があれば、1日来てみる、イベントに参加してみる、会ってみる。そこから始めてほしいです。
そうすると、「こういう会社がある」「こういう機会がある」「次はこういう事業をつくろうか」といった話が自然に生まれてきます。「このままだとモヤモヤする」「世の中にインパクトを起こしたい」——その気持ちがあれば十分です。コミュニケーションが苦にならない方に来ていただけると嬉しいですね。
医療領域の人材課題と可能性|ハードルはあるが、越えれば大きな価値になる
医療業界は、まだまだ優秀な人材が少ないとも感じています。
医師や医療従事者は非常に優秀ですが、待遇面で十分に報われているとは言い切れず、それが別の動きにつながる背景にもなっています。
一方で、優秀なエンジニアは高い報酬を得られる世界にいて、Googleのような企業と比べると、医療にクリエイティブな人材が流れにくい。 でも本来、医療はもっと優秀な人が来るべき領域です。
参入ハードルはありますが、越えれば社会貢献に直結し、人材不足だからこそ活躍の余地も大きい。
だからこそ、「最もイノベーティブで、最も社会的意義のある環境」であることを、これからもっと訴求していきたいと考えています。



