渡邊 大輝 氏|株式会社Photosynth Chief Technology Officer(CTO)
慶應義塾大学大学院で分析化学を専攻し、化学センサーのIoT化を研究。その過程でソフトウェア開発の面白さに気づき、卒業後、株式会社Donutsに入社。ジョブカン経費精算ワークフローの開発やCI/CDパイプラインの自動化に携わる。
より広い価値を生み出せる環境を求め、2019年に株式会社Photosynthに入社。Akerun Connect(Web管理ツール)やAkerun Remote(IoTゲートウェイ)など、Webやファームウェアなど幅広い開発を担当し、技術基盤の強化に貢献。新製品開発では、量産時に必要なツールを先行開発し、工場での活用にもつなげた。
2024年4月にCTOに就任。現在はAkerunを中心としたIoT開発を牽引するとともに、AIなどの最新テクノロジーの活用や技術基盤の整備、新規事業開発にも注力。ソフトウェアとハードウェアの融合による競争優位性の確立を目指し、組織全体の成長を推進している。
株式会社Photosynthについて
── 御社の事業内容を教えて下さい。
弊社は、IoTを活用したクラウド型入退室管理システム「Akerun」を中心に事業を展開しています。「Akerun」は、日本国内でも成功したIoTプロダクトのひとつとして認知され、多くの企業や施設で導入されています。
現在は「Akerun」を軸に、日本が直面している人手不足や生産性向上といった社会課題に対応するため、住宅向けの「Akerun.Mキーレス賃貸システム」や学生証や社員証などをデジタル化する「Akerunデジタル身分証」、施設運営代行のBPaaS事業である「Migakun」などの関連プロダクトを開発・提供しています。
渡邊さんのキャリア
── 幼少期について教えていただけますか?
そうですね。小学生の頃は、よく図書館に行って子ども向けの化学雑誌やSFの本を読んでいました。とにかくいろいろな分野に興味があったんですよね。特に“未来予測”のようなテーマが好きでした。
最初に科学に興味を持ったきっかけは正直まったく覚えていないのですが、気づいたら理科が好きになっていました。昔からモノを分解するのも好きで、よく元に戻せなくなって怒られていましたね(笑)。組み直してもネジが余ったりして、「どこかおかしいぞ……?」となることもしばしばありました。
X(旧Twitter)で、エンジニアの方が「幼少期に100ボルト電源で感電したことがある」というエピソードを投稿しているのを一時期よく見かけました。私は感電こそしていませんが、コンセントで遊んで怒られてました。「これをやったらどうなるんだろう?」という好奇心が抑えられなかったんです。
化学や数学、物理など、いろいろな科目に興味を持っていて、「将来はこういった分野に進むんだろうな」となんとなく考えていました。サイエンス全般が好きで、どの分野を選ぶか迷ったのですが、化学なら数学と物理の両方を扱えると思ったので、慶應義塾大学の化学専攻に進むことにしました。
── 大学では具体的にどんなことをされていたのですか?
分析化学研究室に所属していました。例えば、涙液中の特定のタンパク質を簡易に測定する手段を考える人がいたり。
研究室は大きく二つのグループに分かれていて、一つは、化学刺激を物理刺激に変換する化合物を合成する有機グループ。もう一つは、私が所属していた、紙を基板にした化学センサーを研究するグループです。
紙の上に事前に用意した化合物や流路を利用して変換した物理刺激をスマートフォンのカメラなどで撮って測定します。媒質が紙なので安く作れるという触れ込みでした。
同じ研究室で大学院(修士課程)にも進んだんですが、研究テーマはかなり化学らしくないものになりました。
── 院卒として就職されたんですよね。もっと研究寄りに進むのかと思っていたのですが、どのように意思決定をされたのでしょうか?
そうですね。私の研究テーマは「化学センサーのIoT化」と銘打っていました。素人ながら、測定用のケースやラズパイ(Raspberry Pi)、それからモバイルアプリケーションなどをまとめて作っていました。その過程でソフトウェア開発の面白さに気づいたんですよね。
教授のいうことをあまり聞かず、勝手にテーマを決めたりなど、当時の自分の気質を考えると、大企業でのソフトウェア開発は向かないだろうなと感じていました。もっとスピード感のある環境で手を動かしながら学べる場所を探したいと思い、Web系の会社を中心に就職先を探していたんです。そして、たまたまご縁があって内定をいただいたのが株式会社Donutsでした。
── 株式会社Donutsへの入社の決め手は何でしたか?
チームの作り方が自分に合っていると感じたのが大きいですね。Donutsでは、サービスごとに営業やCS(カスタマーサポート)、開発が少人数でチームを組み、素早い意思決定を行うスタイルでした。そういう環境のほうが、自分の性格に合っているんじゃないかと思ったんです。
── 当時、渡邊さんが所属していたチームの体制はどのようなものでしたか?
私がいたのは5名ほどのチームで、そのうち2名が業務委託の方でした。後に業務委託が1名増えたり、正社員が1名減ったりして、常に5名程度の小規模な体制で開発を進めていた印象です。
── 実際にDonutsに入社されてから、どのような業務を担当されたのでしょうか?
基本的にはソフトウェア開発です。いくつかのサービスがある中で、「ジョブカン経費精算ワークフロー」のメンテナンスを主に担当していました。当時はCI/CDパイプラインが十分に整備されておらず、デプロイ作業がほぼ手作業だったので、自動化を進めたり、開発者以外でもデプロイできる仕組みを整えたりしていました。
また、人数が少ない分、フロントエンドもバックエンドもインフラも含めて何でもやっていた感じですね。営業やCSとのコミュニケーションも多く、問い合わせの一次調査やインシデント対応などにも関わっていました。
── その後、Photosynthに入社した経緯を教えてください。
もともと学生時代から考えていたことですが、Donutsに入社して、実際に利用されているソフトウェアを開発する中で改めて思ったのが、「ソフトウェアだけでは提供できる価値には限界があるのではないか?」ということでした。
現実空間とデジタル空間をつなげる何かが必要だと感じていたんです。その“何か”を模索する中で、センサーやアクチュエーターを備えたIoTがそのソリューションの一つとなり、より強い価値を生み出せるのではないかと思うようになりました。その想いが強まり、転職活動を始めました。
── 最終的にドローン事業も展開している会社も含めて数社内定をいただいたそうですが、Photosynthを選んだ決め手はなんでしたか?
代表の河瀬への印象がとても良かったことが大きな決め手でした。話をしていて、彼の熱意がものすごく伝わってきたんです。この人と一緒に働いたら面白そうだな、と直感的に思いました。
また、事業やシステムの複雑さが一番面白そうだったのも理由の一つです。単純なソフトウェア開発ではなく、IoTの領域でハードウェアとソフトウェアを組み合わせながら価値を生み出す。その難しさに挑戦できる環境に惹かれました。
株式会社Photosynth 入社後
── 入社後はどんな取り組みをされましたか? 当時苦労したことや良かったことなどがあれば教えてください。
入社後は、Web開発チームとして「Akerun Connect」(Akerun入退室管理システムのWeb管理ツール)のメンテナンスを担当していました。もともと古いフレームワークを使っていたため、誰も詳しく分からない状態だったんです。そこで、新しいフレームワークに移行するプロジェクトを途中から任され、最初は苦労しました。
「Akerun Connect」の書き直しが終わったタイミングで、次は組み込み開発チームに移り、「Akerun Remote」の開発を担当することになりました。「Akerun Remote」は、AkerunをインターネットにつなぐためのIoTゲートウェイです。新製品の開発に伴い、「Akerun Remote」も改修が必要になったため、その対応に取り組みました。
その改修がひと段落した後は、製品の生産システムのテコ入れをしたり、MQTTサーバーの作り直しを現CISOの小嶋と行ったりしていました。
気づくと、常に「ここがヤバい」という箇所にアサインされるような感じでしたね(笑)。
── なるほど。それは自ら志願したのでしょうか?それとも任命されたのでしょうか?
そうですね。当初、私の能力を買って「任せる」という雰囲気は特になく、入社当時は特に期待されていたわけではありませんでした。私自身もこの分野での経験がなかったですし、明確な実績も当時はありませんでした。
でも、なんとなく気づいたら「私がやる」という流れになっていたんです。もしかすると、最初は任せやすかったのかもしれませんね(笑)。そして、それが実績となって信頼につながっていったのだと思います。
── 何か意識していたことや工夫されていたことはありますか?
特別なことはしていませんが、強いて言えば口頭でのやり取りと文章化のバランスには気をつけていました。話し合いの内容をチャットツールにまとめて流し、認識を揃えるようにするなど、コミュニケーションは徹底していましたね。
その他に、ソースコードレベルの品質については自分が納得いくまで追求していました。例えば、過去の自分が書いたコードを一度は「問題ない」と思っていても、1ヶ月後に見返すと「これはちょっとな」と感じることがありました。そういう場合は、常に品質改善を行うようにしていました。
── その他、印象に残っているエピソードはありますか?
新製品を開発する際に、「きっと後で必要になるだろう」と思って先行して作っておいたツールが、実際に量産段階で本当に必要になったことがありました。
当時はそのようなツールを先行して作る文化はなかったのですが、私は絶対に必要になると思っていたので、「製品開発」というスコープから、「ソフトウェア・ハードウェア開発のエコシステム全体」というスコープに拡げて捉えると良い意思決定ができるな、と感じました。
結果的に、量産を開始する決定が下された後に「ファームウェアのアップデートをしないと出荷できない」という状況になり、私が作っておいたツールを少しカスタマイズして工場で使うことになりました。その際、「すごく助かった」と言われたのが印象に残っています。
その他にも、少し先を見越した仕事をよくしていた気がします。CTO になったのはこの辺りの実績が評価されたのも関係あるかもしれません。
── ちなみにCTO就任の話ですが、どのような経緯で話が進んだのでしょうか?
2024年4月に正式に発表する少し前、2024年の1月末くらいに、代表の河瀬から「技術領域で競合優位性を作ることを目指す」という話がありました。その中で、CTO就任の打診を受けたんです。
ただ、最初は少し迷いました。もっとプレイヤーとして技術に深く入りたい気持ちもありましたし、経営的な立場に立つことへの覚悟が必要だと感じたからです。
それでも、河瀬から熱烈に声をかけてもらい、「若いうちに責任のあるポジションを任せてもらえるチャンスはなかなかない」と考え、やってみようと腹をくくりました。
── 実際にCTOに就任してみて、変化はありましたか?
そうですね。CTOに就任してからも、エンジニアの開発リソースは足りていない状態でしたが、やることが非常に多かったので、実際に手を動かす機会も多かったです。都度発生する、「誰が対応するのかわからないこと」を遊撃手のように拾い、こぼれ球を処理するような動きもしていました。
また、一番大きな変化として感じたのは、「機械(コンピュータ)とやり取りする時間が減り、人間とやり取りする時間が増えた」ことですね。ミーティングの頻度が増え、現場でのやり取りも多くなったことで、良い意味でより現場主義になったと感じています。
── 現在の渡邊さんの業務内容を教えてください。
ざっくり言うと採用が10%、中長期の計画が20%、改善業務が30%、研究開発が40%くらいの割合で動いています。
具体的な業務としては、CTO室でプラットフォームエンジニアとして、エンジニアだけでなく社内全体が使える基盤を整備しようとしています。イメージとしては、情シスの延長線上にあるような役割ですね。
また、新規事業の種まき活動や、生成AIの活用、さらに最新の開発トレンドへのキャッチアップを進めながら、技術領域で競合優位性を作ることにも取り組んでいます。
── 会社の魅力と事業の魅力を、それぞれ渡邊さんの視点で教えてください。
まず、会社の魅力は、IoTを中心とした事業展開の中で、「IoTのすべてのレイヤー」を社内で開発できることです。ハードウェアからクラウドまでを自社で完結させている企業は、なかなか珍しいと思いますし、エンジニアとしても非常に面白い環境ですね。
次に事業の魅力ですが、「Akerun」を導入していただくことで、無人・有人のどちらのケースでも、施設運営のためのサービスをパッケージで提供できる点です。具体的には、スマートロックによるセキュリティ強化や入退室管理を起点に、備品の補充やメンテナンスの仕組みを整え、関連役務も含めてワンストップで対応できるので、お客様の施設にまつわる困りごとをまとめて解決できる強みがあります。
現在の組織について
── 現在の体制現在は何名くらいの規模になっているのでしょうか?また、事業部ごとに分かれているということでしたが、その辺りも詳しく伺いたいです。
当社のエンジニア組織は、2019年に私が入社した当時は約20名程度でしたが、現在では事業部制を採用し、全体で約35名程度に成長しています。
エンジニアが所属している組織は大きく3つの部門に分かれています。(※デジタル身分証などの関連事業は含めず)Akerun事業開発部(最も大きな規模の部門)、ソフトウェア開発推進部、ハードウェア開発推進部です。
これらとは別にCTO室を設けていて、現時点では私の1人部署になっています。今後の採用を予定しています。CTO室の強化によって、会社全体がソフトウェアの恩恵を受けられる体制作りに取り組んでいるところです。
── なるほど。前職でのお話にもありましたが、ソフトウェア開発の成果がエンジニアだけでなく全社的に使われるのが理想ですよね。
そうなんですよね。ソフトウェアってどうしてもエンジニアだけが恩恵を受けてしまいがちですが、それだと少しもったいないと思うんです。
最近はAIなどの技術によってエンジニアリングに必要な認知的負荷が下がると考えていて、社内の誰もが気軽に使える仕組みを整えることが大切だと考えています。
── ちなみにエンジニアの年齢層はどのあたりがボリュームゾーンでしょうか?
全体としては30~40代が多いですね。次いで20代が少しいる感じです。
ハードウェアチームに関しては、自動車業界や防災機器関連の知見を持つ経験豊富な方々が多いので、やや年齢層が高めになっています。一方で、ソフトウェア側には新卒や若手もいるので、幅広い世代が混在している状況です。
ただ、年齢よりもどういう好奇心やモチベーションで働いているかのほうを大切にしていると感じます。
── どのような経緯で事業部制に移行したのでしょうか?
今年の1月から事業部制に変えたんですが、それまではPM(プロジェクトマネージャー)やCS(カスタマーサポート)の機能が営業組織の側にくっついていたんです。
そうなると、営業プロセスと開発プロセスが分離してしまい、うまくいかない面もあったんですね。もちろんPMがブリッジ役として期待されていましたが、情報把握や支援体制が整わず、かなり難しかった。
そこで、PMやCSを開発部門の中に取り込み、フィードバックサイクルを早めたほうがいいのではないかと判断し、今回の事業部制に踏み切りました。
営業は営業で別の組織として残しています。というのも、複数の製品・プロジェクトを横断的に扱う必要があるため、開発に専任でぶら下がる形よりも、営業組織を一つにまとめたほうが効率が良いと考えたからです。
実際に、クロスセルの取り組みも進んでおり、新しい案件が次々と生まれています。これにより、さらなる事業成長が見込まれると期待しています。
── では、今の開発組織ではどのようなことに注力されているか教えてください。
一番重要なのは、「Akerun」を中心としたサービスの保守・運用をしっかりと行うことです。そのうえで、デジタル身分証関連の製品開発も並行して進めていますが、まずは既存製品の保守や新機能開発に注力する姿勢を大事にしています。
── 開発組織の“いいところ”と“課題点”を伺いたいと思います。いいところについては、組織の特徴や魅力など、課題点については「ここを改善すればもっと組織が伸びるのでは」という視点で教えてください。
いいところは、どの事業部も少しずつでも成長しよう、改善しようというマインドがあることですね。誰ひとり「今のままでいいや」と思っていないので、常に前進している感覚があります。
もうひとつは、ハイブリッドワーク(リモートと出社の併用)がうまく回っている点です。事業部制への移行後は、社内がワンフロアということもあり、開発・CS・PM・営業などの連携もしやすくなりました。必要なタイミングですぐにコミュニケーションを取れる環境になったのは大きな強みですね。
一方の課題点は、コミュニケーションの量や質をどう担保していくかという点です。「コミュニケーションが取りやすい」と言っても、人によっては自分から話しかけたりしないこともあるので、業務上の接点を作るために何かしらの仕掛けが必要だろうなと考えています。
── その点については、すでに改善策などイメージはお持ちでしょうか?
具体的にはまだ模索中です。実は社内向けのサーベイでも似たようなアンケート結果がすでに挙がっています。それを踏まえて、Akerun事業部の責任者と今後少しずつ改善策を実現していきたいと思っています。
今後の目標・採用
── 今後の目標を教えてください。
まず、会社としては「Akerun入退室管理システム」を中心としたサービスを、お客様に安心してご利用いただけるよう、機能開発や改善活動を続けていきます。
また、周辺サービスの構築も重要な位置づけとして考えています。 ここが崩れてしまうと、弊社にとってもお客様にとっても大きな影響があるため、しっかりと強化していきたいですね。先ほどもお話ししましたが、Akerunを導入することで有人・無人を問わず施設運営が簡単にできることを目指して取り組んでいます。
個人的な目標としては、ハードウェア開発のスキルをもっと伸ばしたいと考えています。ソフトウェアについてはある程度経験を積んできたので、今後はメカ設計や基板設計など、もう少しハード側の知識を深めていきたいですね。最近、3Dプリンタを購入して扱い始めたので、将来的にはそういった技術を社内業務にも活かせたらいいなと考えています。
── どのような人と一緒に働きたいですか?
技術が好きで好奇心旺盛な方、チャレンジ精神があり、お客様に価値を届ける意識を持てる方と一緒に働きたいですね。
また、チームプレーを大切にし、仲間と助け合いながら成果を出せる方、さらに長期運用を見据え、品質やメンテナンス性を意識できる方とも相性が良いと思います。弊社は10年以上事業を続けており、長期間動き続けているソフトウェアも多いんです。中には「誰もいじらないけど動き続けている」ようなシステムもあり、そういう「遺跡発掘」的な作業を楽しめる方だと、よりマッチすると思います。
さらに、複数の新規事業が同時進行しているため、適度にカオスな環境です。プレッシャーはありますが、その分チャンスも大きいので、柔軟に対応できる方には面白い環境だと思います。
個人的には、興味の幅が広く、好奇心旺盛な方、プロフェッショナル意識のある方、そしてSF好きな方に惹かれますね(笑)。完全に個人的な好みですが、こういう方と一緒に働けると、お互いに良い刺激を受けられると感じています。